2-13
「お兄様、左側の茂みの奥に魔物がいるわ」
「わかった」
剣を振るう兄に声をかけると、兄は頷き、左側に向かっていく。そこには、ミラの宣言通りに獣型の魔物がいた。まだこちらに気が付いていなかったようで、先制攻撃をして楽に倒すことができた。
(何だか、少し違う……)
感覚が、ますます研ぎ澄まされている。
ラウルと話し、自らの在り方がしっかりと定まったからだろう。
「ミラ。また力が増したか?」
兄もそれに気が付いたようで、ラウルが周辺を調査している間に、こう言った。
「ええ」
ミラは自分の中にある力を確かめるように、じっと手のひらを見つめる。
「私がどうなりたいのか、はっきりとわかったからかもしれない」
「どう、とは?」
「ラウルが言ってくれたの。私を、希望だと。だから私は、この世界に生きる人達の希望になりたい。魔物から、この世界を守りたいの」
大それたことを言っているのはわかっている。それもミラは、それを生涯の目標として定めた。
「そのためには、もっと強くならなくてはならないわ。それでも、私ひとりの力ではできないことがたくさんある。だからこれからも、お兄様の力を貸して欲しいの」
この地で再開してから、兄はミラの増していく力に戸惑っていた。
だから少し不安はあったが、この大陸において、兄のエイタス王国の国王としての影響力は大きい。その協力は、必要不可欠だ。
緊張して返答を待つミラに、兄は過去を思い出すように目を伏せる。
「父もよく言っていた。この子は希望だと。この国だけではなく、世界を救う存在になると」
「お父様が?」
まだ幼いミラを連れて、大陸中を回っていたという父。
ミラは覚えていなかったが、滅亡前のリーダイ王国にも行ったことがあったらしい。そこで、ラウルとも出会っていた。
ミラを【護りの聖女】と呼んだのは、他ならぬその父だ。
「そんな父の言葉に反発して、ミラをエイタス王国から出すまいとしていたが。やはりお前は、その道を選ぶのか」
ミラの婚姻話が出たとき、兄は強固に反対していた。娘の将来を考えて他国に嫁がせることにした母とは、随分やり合ったと聞いている。あまりにも兄が反対するので、姉たちも訝しんでいた。それには、こんな理由があったのかと納得する。
「ごめんなさい、お兄様……」
「謝る必要などないよ。ミラは自分の道を自分で選び取った。それを誇りに思うことはあっても、咎めることはない」
兄の大きな手が、まるで父のように優しくミラの頭を撫でる。
「それに、ラウルと一緒なら安心だ。お前の使命を、俺も全力で支援しよう」
「ええ、ありがとう。とても心強いわ」
それでも、まだ肝心のラウルに話していないことを思い出す。あのときはミラが感極まって泣いてしまい、兄を心配させてしまったのだから仕方がない。でもなるべく早く、ラウルと話さなくてはならない。
森の魔物退治は順調に終わり、今後も魔物が寄り付かないように瘴気を浄化した。そのあと、川辺と町の周辺も同じように魔物退治と浄化を終える。町に帰還する頃にはもう日が暮れていた。
迎えてくれたジェイダーも、この町や周辺の被害状況。避難している人数の把握や物資の数の把握など、収穫は大きかったようだ。
さらに町の代表者だけには身分を打ち明け、王都を奪還したあとは必ず支援することを約束したようだ。
兄は、まだ王都の様子がわからない今の状況で、その約束は時期尚早だと思ったようだが、口は出さなかった。
この国を立て直すのはジェイダーだ。自分達は、その手助けに過ぎない。
その翌日にはこの町を出て、王都に向かう。
町で得た情報によると、王都に向かう街道にかなり強い魔物が出現し、誰も王都に近寄れないらしい。
王都に入るには、その魔物を倒す必要がある。
「話によると、魔物は巨大なドラゴンのようだ」
街道を歩きながら、ラウルがそう話す。
「ドラゴンか。少し厄介だな」
兄がそう呟いたように、剣と大剣を使う二人と、空を自在に飛び回るドラゴンとは、あまり相性が良くない。その上、ドラゴンブレスは魔法攻撃と同じである。
瘴気で巨大化したドラゴンなら、浄化すれば元の大きさに戻る。だが、話を聞く限り、そうではないようだ。
「だが、倒さねば王都に辿り着けない。何とか倒すしかない」
「もしドラゴンが飛び立ったら、私が魔法で地面に落とすわ」
ミラは、兄にそう提案する。
「頼む。あとはひたすら攻撃するしかない」
消耗戦になるだろう。
緊張感が走る。
ジェイダーが雇った護衛達も戦闘に参加してくれるようだが、相手が巨大なドラゴンということで、少し怖気づいている。
兄もそれは理解しているようだ。彼らはジェイダーを守るのが最優先であり、もし危険だと思ったらこちらに構わず逃げるように指示していた。
やがて、地の底から響き渡るような咆哮が聞こえてきて、地面が激しく揺れた。
「きゃっ」
バランスを崩してしまったミラを、ラウルが支えてくれる。
「ラウル……」
「気をつけろ。聞いていたよりも大型だ」
そう言うと、大剣を構えたラウルは先頭に立った。ミラも、その視線の先を見つめる。
町から王都に向かって、大型の馬車でも容易にすれ違うことができる大きな街道がある。
その街道を塞ぐようにして、巨大なドラゴンがいる。
まだかなり距離があるのに、咆哮は地面を揺らし、翼を大きく広げた姿は、普通の家くらいありそうだ。
「……っ」
思わず息を呑む。
あれほど大きい魔物は、見たことがない。
不気味に光る血の色のような鱗。
それは、このドラゴンが火属性だということを示している。ドラゴンブレスは灼熱の炎となるだろう。
「大きいな」
兄が庇うようにミラの前に立った。
魔物退治に明け暮れている兄でも、これほどのドラゴンとは対峙したことがないようだ。
「あれが飛んだら落とせるか?」
「多分、できると思う。でも……」
ミラは周辺を見渡した。
街道の左右には、大きな森がある。もともとこの街道は、森を切り開いて作られたようだ。あれほど大型のドラゴンが墜落すれば、森にも大きな被害があるだろう。
「森に被害が出てしまうわ」
「残念だが、まったく被害を出さずに退治するのは難しいだろう」
ラウルの言葉に、兄も頷く。
「どのみち、ドラゴンブレスで焼き尽くされる。それに、あのまま放置していたら、もっと深刻な被害が出る」
「……そうね。全力でやるわ」
たしかにラウルも兄も強いが、大型のドラゴン相手に無傷で勝利できるとは思えない。二人に癒しの魔法を使いつつ、灼熱のドラゴンブレスを防ぎ、さらにドラゴンが飛び立ったら、魔法で墜落させなくてはならない。
周囲を気遣う余裕はなさそうだ。




