2-12
たしかにこの身には、他の聖女よりも優れた力が宿っている。
それでもミラは万能ではないし、使える力も限られている。ミラは神ではなく、ただ強い力を持った人間に過ぎないのだから。
だからこそラウルの言うように、力の使いどころをしっかりと見極め、ここぞというときに全力を出せるように、体力も魔力も温存するべきところはするべきだ。
「ありがとう、ラウル。私は少し、傲慢になっていたのかもしれない」
「誰かを助けたいと思うのは、とても尊いことだ。それを傲慢と言うことはない」
「ううん、傲慢だったのよ」
ミラは首を振る。
「お母様がよく言っていたわ。聖女などと呼ばれているけれど、私たちは聖魔法が使えるだけの人間に過ぎない。自分が特別な存在だと思いあがらないように、って。それなのに私は、いつの間にかすべての人達を救えるような気持ちでいたのよ」
それを傲慢と言うのだ。
「私はこの国やエイタス王国だけではなく、大陸すべての国を魔物から守りたい。もちろん、それだけのことを私ひとりで成し遂げることはできないわ」
周囲の人達に、助けてもらわなくてはならない。ひとりで何もかもやろうとしたら、志半ばで倒れてしまうことになる。
「ラウル。できたら、私を……」
「ミラ?」
あなたの旅に同行させてほしい。
勇気を出して、そう言おうとした。けれど戻ってきた兄が、ミラの泣き腫らした目を見て顔色を変えて名前を呼んだのだ。
「違うの、お兄様。ラウルは悪くない」
タイミングの悪さに溜息をつくよりも先に、過保護な兄の矛先がラウルに向かうことを恐れて、ミラは声を上げる。
「わかっている。ラウルがお前を傷付けるはずがない」
だが兄は、ミラを安心させるように優しく言った。
ミラが思っているよりもずっと、兄はラウルを信頼しているようだ。それを嬉しく思いながらも、ラウルに、旅に同行させてほしいと言えなかったことを残念に思う。
だが、まだロイダラス王国の復興は始まったばかり。これからも機会はあるだろうと思いなおす。
「お兄様、町の様子はどうでしたか?」
「やはり食料が不足しているようだ。だが、この町の周辺には森や川がある。この周辺を回って魔物退治をすれば、まだ何とかなるだろう。明日、ミラとラウルにも同行してほしい」
「ええ、わかったわ」
ラウルと視線を合わせて、ミラは頷く。
ジェイダーは護衛達とここに残り、町に避難している人の数や、不足しているものなど調査するようだ。
やはりこの町の、貴族や国に対する不信感はかなり強いようで、信頼を取り戻すには、これからの行動で示すしかない。ジェイダーにも、それがよくわかっているのだろう。
明日に備えて、今日は早めに休むことにした。狭い部屋の一番奥にミラ、その隣には兄。そしてジェイダーと続く。ラウルは他の護衛達と一緒に、入口近くに座っている。
野営していたときのように、防水の布を床に敷き、魔法で軽くしていた毛布に包まる。それでもなかなか寝付くことができなくて、入口近くに視線を向ける。
そこには大剣を抱えたまま座り、目を閉じているラウルがいる。
放浪生活の長いラウルは、その体勢でも眠れるらしい。
(私も、どんな場所でも眠れるようにしないと)
ミラの課題は、体力と魔力をどれだけ早く回復できるかだ。それには充分な睡眠が必要となる。目を閉じて静かにしていると、いつの間にか眠ってしまっていた。やはり身体は疲れていたようだ。
「ミラ、起きられるか?」
ふと兄の声が聞こえて、ミラは目覚めた。
いつのまにか朝になっている。あのままぐっすりと眠ってしまったようだ。
「ええ、もちろん」
ゆっくり休めたのはいいが、寝坊をしてしまっては台無しだ。ミラは慌てて起き上がり、身支度を整える。
朝食もラウルが作ってくれたようだ。
「ごめんなさい、ラウル」
「気にするな。ミラだけの仕事ではない。それより、ゆっくり休めたようでよかった」
「うん。ありがとう」
朝食のあとは、町の調査をするジェイダーと別れ、兄とラウルとともに周辺の魔物を退治するために町を出た。
「どうだ?」
ラウルが短く問い、ミラはそれに答えて、魔物の気配を探る。
「町の周辺と川沿いには、それほど魔物はいないわ。でも、森は多そうね」
「そうか。ならば、森からだな」
「ええ。お兄様も、それでいい?」
「わかった」
そうして、そのまま森に向かうことにした。
鬱蒼とした森は普段からあまり人が近付かなかったようで、かろうじてあった獣道でさえ、生い茂った木の枝や蔦に覆われている。
ラウルが先頭に立ち、その木の枝や蔦を払いのけながら進んでいく。
「ここは、以前から魔物が出没すると言われていた。だから、誰も入らなかったらしい」
「そうだったの。でもその分、食材はたくさんありそうね」
ラウルの言葉に頷きながらも、ミラは彼との旅の最中に教えてもらった、食べられる植物や果実などを眺める。
「ああ。この森と川の周辺を開放すれば、王都が落ち着くまでの期間は何とかなるだろう。春になれば、野菜を育てることもできる」
「ええ、そうね」
こうしている間にも、食料不足や衛生環境の悪化で危機に陥っている人はいる。なるべく早く王都を解放して、この国を正常な状態に戻さなくてはならない。
魔物は多かったが、兄とラウルがいるので何も問題はない。ミラは魔物の気配を探り、その方向を指し示すだけだ。少し前ならやることがないと焦っていただろうが、今は違う。ふたりを信頼しているから、魔物退治はふたりに任せて、ミラは魔物の気配と、万が一生存者がいる場合に備えて、人の気配を探る。
(もともと人の立ち入らない森だったから、誰もいないようね)
ならば、魔物退治に全力を尽くすだけだ。




