2-10
ここが、王都を目指して旅立ってから最初に到達した大きな町だ。
周辺の小さな町や村は破壊し尽くされていたが、周囲の住人はこの町に避難していると思われる。
町に近づくにつれ、町の入口がバリケードで覆われているのが見えた。魔物によって破壊されては作り直したようで、何重にもなっている。
「お前たち、山の向こうから避難してきたのか?」
高いところから声を掛けられて、ミラは声のした方を見上げる。すると、見張り台らしきところに、男性が立っているのが見えた。
どうやら冒険者らしく、鍛えられた逞しい身体をしている。年齢は三十代半ばほどか。
「悪いが、この町はもう余所者を受け入れる余裕はない」
低い声でそう言うと、こちらの様子を伺うように見たあと、言葉を続けた。
「どうやら貴族もいるようだが、王都はもう崩壊している。この国はもう終わりさ。国がなくなれば、身分なんか役に立たないぞ」
男の言葉に、兄はジェイダーと小声で言葉を交わしていた。どうやら無事に王都に着くまでは王族だという身分を隠し、この国の様子を自分の目でしっかりと確かめるようにと言っていたようだ。
ジェイダーも、兄の言葉に真摯な様子で頷いていた。
たしかに、視点を変えることでわかることはたくさんある。ミラも聖女でも王族でもない立場で旅をして、多くのことを学んだ。
「ああ、王都のことは知っている」
そうしてジェイダーではなく兄が前に立ち、男に対してそう答えた。
「私たちは今から、その王都の調査に向かうつもりだ。この町の食料は不足していないか? 怪我人は?」
「あんたは、いったい……」
兄の、この国にはない銀色の髪や白い肌に、他国の人間だと気が付いたのだろう。男は、戸惑っている様子だった。
「エイタス王国の者だ。この国の被害状況を調査している。我が国の聖女も同行している。もし怪我人がいるのなら、すぐに治療させよう」
「エイタス王国?」
男は呆然としたように呟き、次の瞬間、慌てた様子で見張り台から降りてきた。
「本当に、エイタス王国の聖女様が……」
「ああ。ここにいる」
兄の言葉と同時に、ミラは被っていたフードを脱いで、まっすぐに顔を上げた。兄と同じ銀色の長い髪が、さらりと流れた。
「ああ、聖女様だ。エイタス王国との国境付近で、銀色の髪をしたエイタス王国の聖女様が、町を救っているという噂は本当だったのか……」
ラウルと一緒に旅をしながら、魔物から町を救って回ったことがある。男はそれを知っていたようだ。
「すぐに入口にご案内します。お待ちください」
そう言って走り去っていく。どうやら入口は別の場所にあるようだ。
「……やはり、この国の貴族では信頼してもらえないようですね」
男が立ち去ったあと、ジェイダーはそう言って唇を嚙み締めた。
アーサーは、それだけのことをしてしまった。そして王都にいる貴族も、そんなアーサーを止めることはできなかったのだ。
「それは、あくまで王太子であった男の評価だ。ジェイダーはまだ何もしていない。これからどう動くかで、その評価が決まるだろう」
兄は静かにそう言い、ジェイダーは憂いを振り払うように首を振って、まっすぐに前を向く。
「そうですね。私の戦いはまだ、始まっていません。始まる前から挫けるわけにはいきませんね」
王都に近付くにつれ、ジェイダーの覚悟も定まってきたのだろう。この現状をしっかりと受け止めると決意したようだ。
やがて町の右側から先ほどの見張りの男と、もうひとりの男が連れ立って歩いてきた。
どうやらその男が、この町の代表らしい。
壮年だが、どこか凄みのある雰囲気を持っている。もともとは見張りの男と同じように、冒険者だったのかもしれない。
彼の案内で、町の内部に入る。
ミラは兄とラウルに守られながら、町の様子を観察する。
町は、思っていたよりも荒れていなかった。建物もほとんど破壊されていないようだ。だが人がとても多いようで、広場や道の端で野営している者もいる。周辺の町や村から逃げてきた者たちだ。
この町はもう余所者を受け入れる余裕がないと、見張りの男が言っていた。それはどうやら本当のことだったらしい。
「この奥にある教会に、怪我人や病人が集められています。中には死を待つばかりの者もいます。どうか、その者たちをお救いください」
代表者の言葉に、ミラは頷いた。
「ええ。全員必ず助けるわ」
どんなにひどい怪我でも、死を待つだけの病でも癒す自信があった。
教会は、血の匂いに満ちていた。苦しむ人の呻き声が聞こえてくる。同行していたジェイダーが、あまりの惨事に視線を逸らす。
それでもミラは臆することなく足を踏み入れて、泣きわめく元気もなくぐったりと横たわった子供の手を握った。
「もう大丈夫。すぐに癒してあげるからね」
目を閉じて、癒しの魔法を使う。
痛々しい傷跡はたちまち消えて、青ざめていた頬が子供らしく紅潮していく。
「……女神さま?」
「私は聖女よ。エイタス王国のミラ。もう大丈夫だからね」
そう言いながら、次々と人々を癒していく。
「ミラ。それ以上魔力を使うのは危険だ」
兄にそう止められなかったら、すべての怪我人を癒すまで止まらなかっただろう。
「治癒魔法を使うのは、命の危険がある重傷者だけにする。そう約束しただろう」
「……はい」
たしかにこのまま力を使い続ければ、以前のように倒れてしまったかもしれない。
本当は、すべての人を癒してあげたかった。そうするだけの力はあるのに、耐えきれない身体がもどかしい。




