8 滅びの国Ⅱ
ロイダラス王国の王太子アーサーはこの日、新しい聖女に選ばれた、ディアロ伯爵家の令嬢マリーレと対面していた。
神官たちに聞いていた通り、眩いほどの金色の髪をした、とても美しい女性だった。
これならば、追放した前聖女のミラと比べても見劣りしないかもしれない。彼女の美しい容姿だけは気に入っていたアーサーは、思わず笑みを浮かべていた。
気になるのは、彼女が長い間、孤児院で暮らしていたことか。
どうやら不幸な事情があったようだ。
だが、その血筋さえ確かであれば、それでいい。教育は後からいくらでもできる。
マリーレが、このロイダラス王国の伯爵令嬢であること。そして聖女の力を持っていることが、何よりも大切なのだ。
何よりも先に貴族の令嬢として、完璧な立ち振る舞いを身に付けてもらう必要がある。
聖女としてのお披露目は、それができるようになってからだ。
そう計画していたアーサーは、前聖女ミラの教育係だった女性を、そのままマリーレの指導に当たらせた。
彼女はとても優秀で、アーサーの婚約者が決まったときは、その女性に妃教育をすることも決まっていた。
何せ、素性の知れないあのミラでさえ、完璧な淑女に育て上げたくらいだ。
だが、マリーレが神殿に住むようになってから数日が経過したが、成果はまったく上がっていない。まだ簡単な挨拶さえできないことに呆れて、アーサーは教育係を呼び出した。
「どういうことだ?」
王太子の叱咤に、彼女は申し訳ございません、と頭を下げる。
「マリーレ様は、授業をあまり受けて下さらないのです。聖女としての仕事の方が大切だからとおっしゃって、神官たちとずっと神殿に籠っておられます」
「何だと?」
アーサーは不機嫌そうに声を上げる。
マリーレには、きちんと教育を受けるように言ったはずだ。
貴族の令嬢としての常識や礼儀が身についてから、聖女としてのお披露目をすると。
それなのに彼女はマナーの授業も受けず、勝手に聖女だと名乗っていることになる。しかも聖女にいる大神殿にいる神官は、若い男ばかりなのだ。
「とにかく、何が何でも授業を受けさせろ。あのミラでさえ完璧な淑女にしたのだから、それくらい簡単にできるだろう」
苛立たしい気持ちのまま、そう言い放つ。
「いえ、王太子殿下。彼女は最初から、完璧なマナーを身についておりました」
だが、教育係の女性はそれを否定した。
「何だと?」
「ミラ様のマナーは完璧で、教えることなど、何ひとつありませんでした」
しかも付け焼刃程度のものではなく、幼い頃から自然と身に付けたような、身に馴染んだものだったと彼女は言った。
「ですからミラ様は、他国の貴族の御令嬢だったのではないかと思っておりました」
思ってもみなかった言葉に、アーサーは眉を顰める。
言われてみれば、あの優雅な美しさは高貴な血筋のせいかもしれない。
素性の知れない下賤な女だと思っていたが、他国の貴族の女性だとしたら、事情は異なる。
アーサーの胸に、未練と後悔が広がっていく。
(いや、我が国出身の聖女の方が、利用価値は高い。この国にも聖女が誕生するのだから)
自分にそう言い聞かせ、アーサーはマリーレに会うために大神殿に向かった。もう一度、きちんと言い聞かせれば、彼女もわかってくれるだろう。