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夕食は、我ながら上手くできたと思う。
スープにした野菜は、乾燥前とまったく変わらないおいしさだった。歩いて疲れただろうからと、少し濃いめに味付けした鶏肉は、パンにとても合っていた。ラウルの採ってきてくれたフルーツも、さっぱりとしておいしい。
満足した食事を終え、後片付けもささっと魔法を使って済ませてしまうと、今度は寝るための準備をする。ミラは、自分の荷物からあるものを取り出した。
「お兄様、ジェイダー様。これを使ってみて。魔法で少し暖かくなるようにしてあるの」
そう言って二人に差し出したのは、薄手の毛布だ。
分厚いものを持ち歩くと重くて大変なので、魔法で毛布の内側が発熱するようにしてみた。もちろん火傷などしないように、温度は調整してある。
ラウルやジェイダーの護衛の冒険者の分も用意しておいた。
「こんなにたくさん運んでいたのか?」
取り出した毛布の数に、兄が目を丸くして驚いていた。
「これもさっきの食材と一緒よ。圧力をかけて小さくしてしまえば、持ち歩くのも楽かなと思って試してみたの」
「……いつのまに、こんな魔法を」
「旅に出たいと思ったときに、私でも役に立てる方法がないか、色々と考えてみたの」
たしかにミラには聖魔法を使えるという強みはあるが、それでも王族として、聖女として育ったから、できないことが多すぎる。
料理は少し作れるようになってきたが、手際の良さは、まだラウルの方が上だろう。だから自分にしかできないことはないかと、得意な魔法を生かす方法を探したのだ。
ロイダラス王国にいる間は、ラウルはミラの護衛だ。足手まといになったとしても、見捨てることなく守ってくれる。
でもそれが終わってしまえば、対等な関係だ。
ミラだって生半可な気持ちで旅に出ようと思ったわけではないが、失ってしまった祖国を取り戻したいと思っているラウルとでは、覚悟が違う。
助けられるだけではなく、お互いに得意な分野で協力し合えるような関係にならなければ、その旅に同行させてほしいなんて、とても言い出せない。
「そうか」
それを伝えると、兄は真剣な顔をしてミラを見つめた。
「それだけ本気だということか」
「ええ、もちろん」
その視線を真正面から受け止めて、深く頷いた。
旅に出たいと話したとき、兄はすぐに答えを出さなかった。だが、きっとミラの本気を受け止めてくれる。
それでも、エイタス王国の王族として、聖女として。自分の勝手で祖国を離れてしまうという罪悪感はある。
でもそう選択したのがミラ自身である以上、それはこれからもずっと、抱えていかなくてはならないこと。そう胸に刻んだ。
「いくら軽くしたとはいえ、こんなにあったら重いだろうに」
背後から呆れたような声がして、振り向くと見回りを終えたラウルが戻ってきていた。
「ラウル」
「次からは俺が持つから、あまり無理はするな」
「大丈夫。本当に魔法で軽くしてあるの」
ここでラウルに持たせてしまったら、せっかく魔法を開発した意味がない。ミラは慌てて、その毛布をいくつも重ねて持ってみせた。
「ほら、こんなに軽いのよ」
その重さは、ほとんど薄手の毛布一枚分だ。
ラウルはミラの言葉を確かめるように毛布を受け取り、その軽さに驚いたようだ。
「自分で魔法を作ったのか?」
「うん。既存の魔法では、私の求めている効果を出すことはできなかったから」
重量を軽くするという魔法はあったが、それを小さく圧縮するという魔法はなかった。
だから自分で改良を重ねて、荷物を軽くして、さらに運びやすく小さくするという魔物を開発した。
「あいかわらず何でもないような顔をして、とんでもないことをする」
ラウルは呆れとも感心とも取れるような顔をして笑う。
「でも、これは便利だな。旅が楽になる」
そう呟いたのを聞いて、ミラの顔が明るくなる。
「よかった! これからも、旅が便利になるような魔法を、いっぱい開発するわ!」
背後で兄が、いや、少しは自重してくれ、と呟いていたが、もうミラの耳には届かなかった。
これからどんな魔法を開発しようか。そのことで、頭がいっぱいだったからだ。
「あ、とりあえず周囲に結界を張るわ。魔物はもちろん、指定した人しか中に入れなくなるから、夜の見張りもいらないからね」
この結界についてはラウルも知っているので、軽く頷いた。
だが兄はここでも驚いたようだ。
「指定した人しか入れない? いつのまに、そんな結界魔法を」
「あら、お兄様は知らなかった?」
町でも普通に使っていたはずだと、首を傾げる。
「魔物と、悪意のある人間は入れないということは聞いていた。だが、個人を指定できるとは思わなかった」
「そうだったかしら?」
この魔法は前から使っていたはず。
そう言うミラに兄は唖然としていて、その隣でラウルが、今度こそ呆れた顔をして笑う。
「深く考えるだけ、無駄かもしれないですよ。多分これからも、こういうことは続きますから」
「そうか。何というか、さすが【護りの聖女】というべきか」
二人は、ミラがラウルと出会って、その力をますます高めていることを知らなかった。
(もっと強くなりたい。もっと、できることを増やしていきたい……)
ましてミラがそんな決意しているなんて、まったく思わなかっただろう。




