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エイタス王国で、国王である兄の三人目の妹として過ごしていた日々を思い出す。
兄も姉も末っ子のミラをとても可愛がり、大切にしてくれた。
国王の兄も、同じく王妹で聖女である姉も王都の外に出て魔物と戦っているのに、ミラだけは王城から出してもらえない。
もちろん、ミラにも大切な役目がある。
王都に結界を張り、魔物の瘴気を浄化することだ。
それでも頻繁に魔物退治を行っているエイタス王国では、王都の付近まで魔物が出没することはほとんどない。結界ですら不要ではないかと思うくらいだった。
それも、兄や姉が必死にこの国を守っている結果である。
ロイダラス王国の聖女になることが決まったときは、自分も兄姉達のように、持てる力をすべて使って、ロイダラス王国を守ると決めていた。
「私は国を出るとき、このロイダラス王国の聖女になると決めていたわ」
そのときの気持ちを思い出しながら、ミラはそう言った。
最初からアーサーの妻になるのではなく、この国の聖女となるために彼と婚約した。だから相手がアーサーではなくジェイダーに変わっても、問題はないはずだった。
でも今のミラには、この国に留まるという選択肢を選ぶことができない。
(それは、きっと……)
一瞬だけ目を閉じて、鮮やかな紅色を思い浮かべる。
ラウルと出会ったからだ。
ミラは彼から、多くのことを教わった。
エイタス王国の王城と、ロイダラス王国の神殿。そんな狭い一部分しか知らなかったミラの世界が、ラウルと出会ったことで大きく広がった。
「今はこの国を守るだけではなく、もっと大きな目標を持ちたいと思っているの」
「目標?」
それは何かと問いかける兄に、ミラはずっと考えていたことを話した。
たしかにエイタス王国や、ロイダラス王国の王都は平穏だった。
それでも大陸全体に視野を広げてみれば、ラウルのように家族や故郷を失い、どこにも定住せずに彷徨っている人は多い。
そんな人達を助けたい。
この大陸すべてが、平和になるように。
自分の力を自覚するにつれ、その想いはますます強まっていた。
「大それた考えだということはわかっているわ。でも私は、すべての国の人達が魔物に怯えることなく暮らせるような世界にしたい。それを目指したいの」
そのためには、ひとつの国に留まるわけにはいかない。ロイダラス王国の王妃になってしまえば、世界を回ることは難しくなる。
「それは、エイタス王国にも戻らないということか?」
ミラの意思を確認するように、慎重に尋ねる兄に頷く。
「一度は帰って、ちゃんとお母様にお礼と報告をしなければって思っている。でも、ずっと留まるつもりはないわ」
「ひとりで旅に出るつもりか?」
「さすがにそれは無理だと自覚している。まだ本人には話していないけれど、ラウルの旅に同行させてもらえたらって思っているの」
「……そうか」
兄は険しい顔をして沈黙した。
普段は妹に甘い優しい兄だが、エイタス王国の国王だ。
アーサーとの婚約が解消された今となっては、ミラは王族のひとりであり、国王である兄の決定には従わなくてはならない。
やがて兄はいつもの優しい顔に戻ると、ミラの銀色の髪に優しく触れた。
「わかった。お前がそう思っていることは、心に留めておく。ジェイダーとのことは任せておけ」
「はい」
その返答に、ミラは素直に頷いた。
すぐに結論を出せるようなことではない。
ミラにも、ロイダラス王国の復興を手伝うという目標がある。だから、兄に自分の考えを伝えることができた。今はそれだけでよかった。
それから、数日間。
ミラは町の子ども達と料理を作ってみたり、女性達に縫物などを習って過ごした。
この町を離れたとしても、結界は存在している。この周辺の魔物は、兄達が広範囲に渡って駆逐したようだ。もし魔物が出たとしても、この町を守る騎士がいる。
だから大丈夫だとわかっているのに、子ども達の顔を見ると心配で、離れがたくなってしまう。
「気を付けてね。あまり無茶をしたら駄目よ。ひとりで頑張りすぎないようにね」
子ども達ひとりひとりにそう言って、抱きしめた。
「聖女様もお気をつけて。無茶をするのはいつも、聖女様ですから」
最年長の子どもにかえってそう言われてしまい、困ってしまう。
「その通りだな。王都に向かう途中も、あまり無茶をしないように」
ラウルにまでそう言われてしまえば、彼には何度も魔力の使い過ぎで倒れてしまい、迷惑をかけているので、何も言い返せない。
「……わかった。気を付けるわ」
そう答えるしかなかった。
力はあるのに、それを使う体力がないことがもどかしい。それでも、ラウルに迷惑をかけないように、自制しなくてはと心に刻む。
こうして、いよいよ王都に向けて旅立つことになった。
メンバーは、ミラとラウル。そして兄リロイドと、ジェイダー。さらに数人、腕の立つ冒険者が護衛として同行することになった。
彼らはこの国を出ようとして旅をしていたが、途中で魔物に襲撃され、町に運び込まれてきた者達だ。今ではすっかり回復し、冒険者としてまた旅をするらしい。
ジェイダーがそんな彼らに同行を依頼し、承諾してもらったようだ。
たしかにこの中では、ジェイダーが一番戦闘力は低い。それに気が付き、自分で護衛を手配したのだろう。足手まといにならないように、しっかりと考えている。
彼ならば、この混乱期さえ無事に乗り切れば、きっと良い王になる。
ミラはそう確信していた。
町を出発した一行だったが、最初は山道を通っていくので、徒歩で行かなくてはならない。
兄は心配していたが、数時間も経過すると、かえって兄の方が歩きなれない道に苦労しているような有様だった。




