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道のりは厳しいが、ジェイダーにはエイタス王国の国王である兄がついている。
それにミラも、協力は惜しまないつもりだ。
自分がただの聖女ではなく、伝説とも言われる【護りの聖女】であることが判明してから、人々を守りたいという気持ちがいっそう強くなった。
それは祖国エイタス王国の人達だけではなく、このロイダラス王国に住まう人々のことも、同じように思っている。
もう二度と、ラウルの祖国リーダイ王国が滅亡したような悲劇が起こらないように。
そう強く決意したミラは、ふと視線を感じて顔を上げる。すると、兄が何か言いたそうな顔をしてミラを見つめていた。
(お兄様?)
不思議に思って首を傾げると、兄の視線はそのままジェイダーに向かう。
(あ……)
それだけで、兄と話し合わなくてはならないことがあったことを思い出す。
もともとミラはジェイダーの異母兄、アーサーの婚約者だった。
その彼によって偽聖女の汚名を着せられ、追放されたが、いずれはこのロイダラス王国の王妃になるはずだった。
それをよく知るジェイダーは、ミラを自分の伴侶に望んだ。
もちろん、一番は聖女のいないこの国を守るため。
だが、幼い頃から聖女という存在に憧れていたという彼の瞳には、それ以上の熱が込められていた。
あのときは、ミラのこれからのことはエイタス国王である兄が決めること。そう答えて、明確な返答を避けていた。
もしかしたらジェイダーの方から、正式に申し出があったのかもしれない。
でもあれから色々なことがあり、ミラの気持ちも覚悟もしっかりと定まった。
ミラはもう、ひとつの国の王妃に留まるつもりはなかった。
できればエイタス王国にも戻らず、魔物に支配された祖国を取り戻すために戦おうとしているラウルとともに、旅に出たいと思っている。
目指すのは、エイタス王国やロイダラス王国だけではなく、この大陸を魔物から取り返すことだ。
そのことも含め、一度兄としっかりと話し合わなくてはと思う。
これからの方針とスケジュールを確認し合い、今日は解散となった。
この町を出るのは、五日後になる。
その間に、この町のためにできるだけのことはしようと思う。
それに、しっかりと旅の支度もしなくてはならない。
(きっと忙しくなるわ)
ラウルと一緒にジェイダーの部屋を出る。
これから町の子ども達の様子を見に行くという彼を送り出し、それから、借りている屋敷に戻った兄の後を追った。
兄がいるのは、町の中央にある大きな建物だ。もしかしたら、この辺りの領主が住んでいた屋敷かもしれない。
最初は、この町に住むすべての人達が教会と遺児院で生活をしていた。
だが日数が経過して避難してきた人の数が増えたこともあり、使えそうな家を修繕して、そこに移る人もいた。
兄もまた、護衛の騎士達とともに教会の外にあるこの屋敷に住んでいた。
その護衛の騎士は町の外に出ているから、今は兄ひとりだろう。込み入った話をするには、良い環境かもしれない。
「お兄様?」
入口の扉から顔を覗かせて、声をかける。
すると奥の部屋から答える声がした。
「ミラか?」
「ええ。少し話をしたいの。かまわない?」
「ああ、もちろんだ」
声のする方向に歩いていくと、応接間のソファーに兄が座っていた。
こちらにおいでと導かれて、ミラは素直に従う。
「寒くはないか?」
「平気よ。エイタス王国はもっと寒いから」
大陸の北側に属するエイタス王国は、冬になると雪が降る。
ミラは昔から、降る雪が町を白く染める様子をよく眺めていた。
ロイダラス王国は比較的温暖な気候だが、さすがにエイタス王国との国境が近いせいで、冬になると冷え込む。兄はそれが心配なのか、結局立ち上がって暖炉に火をつけた。
「ありがとう」
礼を言って、兄が座っていたソファーの向かい側に座る。
広い部屋だがここも古い建物らしく、隙間風が窓から入り込んでいた。真冬になれば、一日中暖炉が必要になるかもしれない。
カタカタと窓枠が鳴る音を聞きながら、兄を見る。
「これからのこと、お兄様と話し合ったほうがいいと思って」
そう前置きをして、言葉を切った。
「ええと……」
どこから話せばいいか悩んでしまう。ジェイダーに王妃になってほしいと請われたことを、自分から話すのは少し気恥ずかしい。
「ジェイダーのことか?」
悩むミラに、兄の方から話を振ってくれた。
「先日、ジェイダーから申し出があった。お前に、このままロイダラス王国の王妃になってほしいそうだ」
やはり予想していたように、ジェイダーは正式に、兄にその話をしていたのだ。
「ええ。そのことも含めて、今後のことを話したくて。お兄様はなんて返事をしたの?」
「すぐに決められるような話ではないと、保留にしてある」
そう言う兄の顔が険しいのは、ミラが王都から追放されたとき、偽聖女と罵った町の者がいたと聞いたからだろう。婚約を解消する書類にサインをさせられたことも、すべて知っていた。
ミラとしては、もう過去のことだと忘れかけているようなできごとだが、兄は違うようだ。
「ジェイダー自身に問題はないが、この国がミラにしたことを簡単に許すわけにはいかない」
だから兄はあまり、この話に乗り気ではないようだ。
「ロイダラス王国とジェイダーに対する支援は、今まで通り行う。だが、以前と同じ関係には戻れないだろう」
それでもすぐに断らなかったのは、ミラの意志を確認してからと思ったと、兄は説明してくれた。
「もしミラが自分の意志でこの国に留まることを選ぶのなら、それを否定することはしない」
意外な言葉だった。
エイタス王国にいたころの兄は、どちらかといえば過保護な方で、けっしてミラを危険な場所に行かせようとはしなかった。
そんな兄なのに、真っ先にミラの意志を確認してくれた。
ただ守られて、大切に保護される立場から、ようやく抜け出せたような気がする。
「きっと今までの私なら、彼の申し出を受け入れていたわ」
だからミラも、本心を語ることができた。




