表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/121

73 (第一部 完)

 そのまま静かに、今までのできごとに想いを馳せる。

 こうして何度、彼に助けられたことだろう。

 たとえ不要だと言われても、報酬は必ず支払わなくてはならないと思う。

 でも彼に受けた恩は大きすぎて、金銭だけではとても返せそうにない。

(あなたと一緒に行けば……。リーダイ王国を復興させるための手助けをすることができれば、恩を返すことができるかしら……)

 ラウルの一番の望みは、きっと祖国の復興だ。

 まだ崩壊が始まったばかりのこの国と比べ、十年も前に滅びてしまった国を復興させることは、容易ではない。

 それはよくわかっている。

 でもミラが聖女であるからこそ、彼の役に立てるはずだ。

 ひとりで戦おうとしている彼を、誰よりも近くで支えたい。

(それが、私の一番の望み……)

 今はじめて、自分の気持ちの在処がはっきりとしたような気がする。

 でも兄は、それを許してくれるだろうか。

 それよりも、ラウルがミラの同行を許してくれなければどうにもならない。でもそこは、報酬を労働で支払うのだと言って、強引に付いて行ってしまおうかと思う。

 そうすれば、これからも彼と旅をすることができる。もちろん苦労も多いだろうし、今まで以上に危険なこともあるかもしれない。

 でもラウルと一緒なら、何があっても大丈夫だ。

 そんな未来を想像しながら、ミラはひそかに微笑んだ。


 町に帰ってからの、ラウルの動きは迅速だった。

 ミラとともに町に帰ると、何よりも先に、ジェイダーやサリア達にミラの無事を伝えた。

 皆、ミラを探して周辺をくまなく調べてくれていたらしい。とくにサリアと侍女は、以前も行方不明になってしまったことがあっただけに、かなり心配してくれたようだ。

 それからラウルは、バロックや他の男達を連れて、すぐにアーサーの捕縛に向かった。事前に教会の懺悔室に丈夫な鍵を付けて、簡易の監獄を用意したようだ。

 そこにアーサーを幽閉して、昼はもちろん、夜の間も男達が交代で見張りをしていた。近いうちに、警備が今よりも厳重で、ある程度の広さがある監獄を用意しなければならないだろう。

 ラウルが忙しく働いている間、ミラはずっと侍女とサリアに連れ添われ、守られていた。

 誰もがミラをひとりにしてしまったことを詫びてくれたが、ミラも、自分が軽率だったことを謝罪する。

 一刻を争う怪我人がいるとはいえ、ひとりで行動したのは、自分の立場を考えるとあまりにも無防備だった。

 それに誰も、アーサーの来訪を予想していなかった。

 もし王都が完全に崩壊してから逃げ出したとしたら、ここまで辿り着くのにもう少し時間が掛かるはずだ。

 おそらく彼はその前に、すべてを見捨てて逃げ出したのだ。

 国民も貴族達も、そんな彼を国王として認めることはないだろう。

 ジェイダーはラウルと相談して、アーサーを捕縛したこと。国民を見捨てて逃げ出した彼を退位させ、自分が国王代理になると正式に発表した。

 この状況では、細部にまで情報を伝達させることは難しいかもしれないが、やがて貴族達も動き出すだろう。

 ジェイダーの戦いは、まだこれからが本番だ。

 だが異母兄の所業を目の当たりにし、アーサーを捕縛したことで、彼も覚悟が決まったようだ。

 疲れた顔は相変わらずだが、しっかりと芯のある目をしている。

 どうやらラウルが自分の身の上をジェイダーに話し、彼の良き相談相手となっているようだ。二人で夜遅くまで話し合っていることが増えて、ミラは少しだけ寂しい想いをしていた。

 あのときの、ラウルの手助けをしたいと決めたことさえ、まだ彼に話せないでいる。一刻も早く話したいような、もっと先延ばしにしたいような、複雑な気持ちを抱えたまま過ごしていた。

 そんなある日。

 ラウルがミラの侍女とともに、部屋を訪ねてきた。

 ひさしぶりに彼に会えたことを素直に喜んでいたミラだったが、兄がこの町を訪れたことを聞き、驚いて立ち上がる。

「お兄様が?」

 聞けば兄は、一度ロイダラス王国の王城に乗り込んで、アーサーと対面していたらしい。そこで何も知らなかった彼に、ミラが自分の妹だということを伝え、かなり憤慨したまま王城を出たようだ。

「お兄様ったら……」

 まさか本当に乗り込んでいたとは思わずに、ミラは苦笑する。

 アーサーの所業はたしかに酷いことだが、他国の王が許可を得ずに国境を越えたことも、なかなか非常識なことだ。侵略だと思われても仕方がないことである。

 それでも兄はミラを探してロイダラス王国中を回り、その先で魔物退治をして、かなり多くの人を救ったようだ。

 だが、まさか王族の姫であるミラが山道を歩き、野宿を繰り返していたとは思わなかったらしい。

人の多い街道や、大きな町ばかりを探していたので、今までミラを見つけ出すことができずにいたようだ。

 たしかに、エイタス王国にいた頃のミラしか知らない兄なら、山道を歩く妹の姿を想像できなくても無理はないのかもしれない。

 ミラはラウルと侍女に付き添われ、急いで兄の待つ礼拝堂に向かった。

 そこには懐かしい兄と、真剣な顔をして兄と話し合いをしているジェイダーの姿があった。

「お兄様」

 ミラがそう呼びかけると、兄は振り向いた。

 すぐに駆け寄り、ミラをしっかりと抱きしめる。

「ミラ! 無事だったか……」

「お兄様、心配をかけてしまってごめんなさい」

 兄の抱擁の強さで、どれだけ心配をかけてしまったのかを悟って、ミラは謝罪を口にした。

「ミラ。何があったのか、詳しく話してくれないか?」

 兄の言葉にミラは頷いた。

「ええ。偽聖女だと追放されたので、国に帰ろうと思ったの。でも、色々とあって……」

 ミラは今までのことをひとつずつ、兄に話した。

 大切な妹が受けた仕打ちに、兄の顔が次第に険しくなっていく。

 そんな兄を宥めるように、ミラは穏やかに笑った。

「でも私は大丈夫。侍女達やサリアとバロック。そしてラウルが助けてくれたわ」

 兄は、ミラが名前を呼んだひとりひとりに視線を移して、感謝を示すように目礼した。

「妹を助けてくれたようで、感謝する」

 当然のように兄は、ミラを連れてすぐに帰ろうとした。

 けれどミラは聖女として、もう少しだけこの国に滞在したいと兄に告げる。

「もう少し落ち着くまで、この国には聖女の結界が必要だわ。お兄様も、ジェイダー様を手助けしてくれるでしょう?」

「ああ。彼はあの男とは違うようだ。できる範囲で支援しようと思っている」

 エイタス王国の国王である兄の言葉に、ジェイダーがほっとしたような顔をしている。少しは彼の道のりが楽になるように、ミラも手助けしたいと思う。

 そして、この国が手を離しても大丈夫だと思ったときこそ、ラウルにこの気持ちを打ち明けようと思う。



(第一部 完結)

第一部完結になります。

毎日二回更新にお付き合いいただき、ありがとうございました。

ただいま、第二部を準備中です。

再開まで少しだけお時間を頂きますが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ