73 (第一部 完)
そのまま静かに、今までのできごとに想いを馳せる。
こうして何度、彼に助けられたことだろう。
たとえ不要だと言われても、報酬は必ず支払わなくてはならないと思う。
でも彼に受けた恩は大きすぎて、金銭だけではとても返せそうにない。
(あなたと一緒に行けば……。リーダイ王国を復興させるための手助けをすることができれば、恩を返すことができるかしら……)
ラウルの一番の望みは、きっと祖国の復興だ。
まだ崩壊が始まったばかりのこの国と比べ、十年も前に滅びてしまった国を復興させることは、容易ではない。
それはよくわかっている。
でもミラが聖女であるからこそ、彼の役に立てるはずだ。
ひとりで戦おうとしている彼を、誰よりも近くで支えたい。
(それが、私の一番の望み……)
今はじめて、自分の気持ちの在処がはっきりとしたような気がする。
でも兄は、それを許してくれるだろうか。
それよりも、ラウルがミラの同行を許してくれなければどうにもならない。でもそこは、報酬を労働で支払うのだと言って、強引に付いて行ってしまおうかと思う。
そうすれば、これからも彼と旅をすることができる。もちろん苦労も多いだろうし、今まで以上に危険なこともあるかもしれない。
でもラウルと一緒なら、何があっても大丈夫だ。
そんな未来を想像しながら、ミラはひそかに微笑んだ。
町に帰ってからの、ラウルの動きは迅速だった。
ミラとともに町に帰ると、何よりも先に、ジェイダーやサリア達にミラの無事を伝えた。
皆、ミラを探して周辺をくまなく調べてくれていたらしい。とくにサリアと侍女は、以前も行方不明になってしまったことがあっただけに、かなり心配してくれたようだ。
それからラウルは、バロックや他の男達を連れて、すぐにアーサーの捕縛に向かった。事前に教会の懺悔室に丈夫な鍵を付けて、簡易の監獄を用意したようだ。
そこにアーサーを幽閉して、昼はもちろん、夜の間も男達が交代で見張りをしていた。近いうちに、警備が今よりも厳重で、ある程度の広さがある監獄を用意しなければならないだろう。
ラウルが忙しく働いている間、ミラはずっと侍女とサリアに連れ添われ、守られていた。
誰もがミラをひとりにしてしまったことを詫びてくれたが、ミラも、自分が軽率だったことを謝罪する。
一刻を争う怪我人がいるとはいえ、ひとりで行動したのは、自分の立場を考えるとあまりにも無防備だった。
それに誰も、アーサーの来訪を予想していなかった。
もし王都が完全に崩壊してから逃げ出したとしたら、ここまで辿り着くのにもう少し時間が掛かるはずだ。
おそらく彼はその前に、すべてを見捨てて逃げ出したのだ。
国民も貴族達も、そんな彼を国王として認めることはないだろう。
ジェイダーはラウルと相談して、アーサーを捕縛したこと。国民を見捨てて逃げ出した彼を退位させ、自分が国王代理になると正式に発表した。
この状況では、細部にまで情報を伝達させることは難しいかもしれないが、やがて貴族達も動き出すだろう。
ジェイダーの戦いは、まだこれからが本番だ。
だが異母兄の所業を目の当たりにし、アーサーを捕縛したことで、彼も覚悟が決まったようだ。
疲れた顔は相変わらずだが、しっかりと芯のある目をしている。
どうやらラウルが自分の身の上をジェイダーに話し、彼の良き相談相手となっているようだ。二人で夜遅くまで話し合っていることが増えて、ミラは少しだけ寂しい想いをしていた。
あのときの、ラウルの手助けをしたいと決めたことさえ、まだ彼に話せないでいる。一刻も早く話したいような、もっと先延ばしにしたいような、複雑な気持ちを抱えたまま過ごしていた。
そんなある日。
ラウルがミラの侍女とともに、部屋を訪ねてきた。
ひさしぶりに彼に会えたことを素直に喜んでいたミラだったが、兄がこの町を訪れたことを聞き、驚いて立ち上がる。
「お兄様が?」
聞けば兄は、一度ロイダラス王国の王城に乗り込んで、アーサーと対面していたらしい。そこで何も知らなかった彼に、ミラが自分の妹だということを伝え、かなり憤慨したまま王城を出たようだ。
「お兄様ったら……」
まさか本当に乗り込んでいたとは思わずに、ミラは苦笑する。
アーサーの所業はたしかに酷いことだが、他国の王が許可を得ずに国境を越えたことも、なかなか非常識なことだ。侵略だと思われても仕方がないことである。
それでも兄はミラを探してロイダラス王国中を回り、その先で魔物退治をして、かなり多くの人を救ったようだ。
だが、まさか王族の姫であるミラが山道を歩き、野宿を繰り返していたとは思わなかったらしい。
人の多い街道や、大きな町ばかりを探していたので、今までミラを見つけ出すことができずにいたようだ。
たしかに、エイタス王国にいた頃のミラしか知らない兄なら、山道を歩く妹の姿を想像できなくても無理はないのかもしれない。
ミラはラウルと侍女に付き添われ、急いで兄の待つ礼拝堂に向かった。
そこには懐かしい兄と、真剣な顔をして兄と話し合いをしているジェイダーの姿があった。
「お兄様」
ミラがそう呼びかけると、兄は振り向いた。
すぐに駆け寄り、ミラをしっかりと抱きしめる。
「ミラ! 無事だったか……」
「お兄様、心配をかけてしまってごめんなさい」
兄の抱擁の強さで、どれだけ心配をかけてしまったのかを悟って、ミラは謝罪を口にした。
「ミラ。何があったのか、詳しく話してくれないか?」
兄の言葉にミラは頷いた。
「ええ。偽聖女だと追放されたので、国に帰ろうと思ったの。でも、色々とあって……」
ミラは今までのことをひとつずつ、兄に話した。
大切な妹が受けた仕打ちに、兄の顔が次第に険しくなっていく。
そんな兄を宥めるように、ミラは穏やかに笑った。
「でも私は大丈夫。侍女達やサリアとバロック。そしてラウルが助けてくれたわ」
兄は、ミラが名前を呼んだひとりひとりに視線を移して、感謝を示すように目礼した。
「妹を助けてくれたようで、感謝する」
当然のように兄は、ミラを連れてすぐに帰ろうとした。
けれどミラは聖女として、もう少しだけこの国に滞在したいと兄に告げる。
「もう少し落ち着くまで、この国には聖女の結界が必要だわ。お兄様も、ジェイダー様を手助けしてくれるでしょう?」
「ああ。彼はあの男とは違うようだ。できる範囲で支援しようと思っている」
エイタス王国の国王である兄の言葉に、ジェイダーがほっとしたような顔をしている。少しは彼の道のりが楽になるように、ミラも手助けしたいと思う。
そして、この国が手を離しても大丈夫だと思ったときこそ、ラウルにこの気持ちを打ち明けようと思う。
(第一部 完結)
第一部完結になります。
毎日二回更新にお付き合いいただき、ありがとうございました。
ただいま、第二部を準備中です。
再開まで少しだけお時間を頂きますが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!