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ミラを包み込んだ銀色の光はアーサーを弾き飛ばした。
(な、何が起こったの?)
突然のことに狼狽えたが、今はそんなことを考えている余裕はない。
その隙を逃さずに、すかさずミラはアーサーの手のうちから逃げ出した。
「くそ、逃がすか!」
「!」
アーサーの手がベールを掴むが、ミラはそれを脱ぎ捨てて走り出す。
礼拝堂を飛び出すと、見覚えのない町の光景が広がっていた。
「ここは……」
見渡す限り、瓦礫の山だ。
この町もまた、魔物によって滅ぼされてしまったのだろう。人の姿はなく、崩れ落ちた建物があるだけだ。
(とにかく、どこかに隠れないと……)
だが、ここがどこなのか確認するよりも、今はアーサーから身を隠せる場所を探すことが先決だ。
ミラは必死に走りながら、周囲を見渡す。
瓦礫の隙間を見つけ、その中に潜り込もうとした。
「逃がすものか。お前は俺のものだ!」
けれど、背後から追いついたアーサーに髪を掴まれる。
「痛っ……」
鋭い痛みが走り、思わず悲鳴を上げた。
だが、その瞬間。
ふいに痛みは喪失し、アーサーは、銀色の光に弾かれたときとは比べものにならないくらいの勢いで、背後に吹っ飛んだ。
(え?)
何が起こったのかわからずに呆然としていたミラを、しっかりと抱き寄せる腕。
(ああ……)
見覚えのある褐色の肌に、思わず縋りつく。
「ラウル……」
「悪い。遅くなった」
ミラを探して、駆け回ったのだろう。
息を乱したラウルは、腕に縋りつくミラをしっかりと抱きしめてくれた。
そして、アーサーに殴られて腫れてしまった頬を見て、顔を顰める。
「もう何発か、殴っておくべきか」
「大丈夫。すぐに癒せるから」
さすがにラウルに何発も殴られたら、死んでしまうかもしれない。
ミラは慌ててそう言って、彼を制する。
アーサーのことは許すつもりはないが、あんな男のために、ラウルが手を汚す必要はない。
それに、今まではそれどころではなかったのでそのままにしていたが、ミラは聖女だ。こんなものは簡単に癒せる。
ついでに強く掴まれた腕の痣も、転んだときの擦り傷もすべて癒したが、ラウルの表情は曇ったままだ。
「まさかこの男が、国境の近くまで逃れてきたとは。警戒を怠っていた。すまなかった」
「そんな、ラウルのせいじゃないわ。私も、怪我人がいると言われて、疑いもせずについて行ってしまって。そういえば、どうしてここが?」
自分がどれくらい気を失っていたかわからないが、まだ周囲は明るい。
あまり時間は経過していないように思える。
「お前をあの男の元に案内した女を捕えて、聞き出した。そう遠くには行けないだろうと思っていたが、何とか間に合ってよかった」
「ありがとう。助けてくれて」
ラウルの腕の中で、ミラは先ほどの恐怖が嘘のように安心しきっていた。ここなら、絶対に安全だ。ラウルなら、なにがあってもミラを傷つけるようなことしない。
そう心から信じている。
「他の者達も手分けをして探しているはずだ。早く戻って、安心させてやろう」
「でも、アーサー様は?」
見れば、彼はよほど強く殴られたのか、気を失ったままだ。
ラウルは少し考えたあと、アーサーを拘束してさらにその身体を瓦礫に縛り付ける。
「当分目が覚めることはないだろうが、ここに拘束しておく。後で町に連れて帰って、幽閉するしかないな」
まずミラの安全を確保するのが先だ。
「帰ろう。みんな待っている」
ラウルは、しがみ付くミラを軽々と抱き上げると、優しくそう言った。
「……うん」
ミラも素直に頷いて、ラウルの腕の中で目を閉じた。




