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白い光が、天から降り注いでいた。
ゆっくりと目を開いたミラの瞳に映ったのは、欠けてひび割れたステンドグラスだった。
(ここは……)
横たわった身体に、冷たい石の感触。
どうやら石畳の床の上に寝かされていたようだ。
頭を動かそうとすると、頬がずきりと痛む。その頬の痛みが、アーサーに囚われていたことを思い出させてくれた。
ミラは腫れた頬に手を当てたまま、ここがどこなのか確かめようと、ゆっくりと身体を起こすと、慎重に周囲を見渡した。
天井には、ひび割れたステンドグラス。
ミラが暮らしていたとは別の場所のようだが、崩壊しかけた礼拝堂のようだ。
(どうしてこんなところに……)
服装はシンプルなワンピースのままだが、白いレースのようなものが身体に掛けられていた。何となく広げてみると、それは美しい刺繍が施されたベールのようだった。
まるでウェディングドレスのようだ。
そう思った瞬間、ぞくりとした。
アーサーは礼拝堂にミラを連れ込んで、何をするつもりなのか。
逃げなくては、と思った瞬間、軋んだ音がして入り口が開かれた。びくりと身体を震わせたミラは、ゆっくりと振り返る。
「ああ、目が覚めたみたいだね」
出逢った頃のように穏やかな笑みを浮かべたアーサーが、ミラに歩み寄る。
「嫌……。来ないで」
ミラは立ち上がり逃げようとするが、走り寄ってきたアーサーに腕を掴まれ引っ張られる。
「どこに行く? 今日は私達の結婚式だというのに」
こんな廃墟のような場所で、何を言っているのだろう。
礼拝堂は崩れ落ち、愛を誓うべき神も、ここには不在である。
アーサーの狂気に、ミラは身を震わせた。
とにかく彼から逃げなくてはならない。
掴まれた腕を振り払おうとするが、アーサーの力は少しも緩まず、ますます強くなるだけだ。骨が軋むほどの強さで握られて、痛みのあまり涙が滲みそうになる。
「お前は私の婚約者だ。結婚するのは当然だろう」
「それを破棄して私を追放したのは、あなたよ。そのときにもう、あなたとの縁はなくなったの。結婚するなんて、絶対にありえないわ」
「うるさい!」
「!」
突き飛ばされ、机にぶつかって蹲る。
痛みですぐに動けないミラの頭に、アーサーがベールを乗せた。
「王位もお前も、ジェイダーには渡さない。お前は私のために聖女の力を使えばそれでいい」
「……聖女は、あなたの道具ではないわ」
聖女であるのなら、ミラでも誰でもいい。アーサーはそう思っているのだろう。
こんな場所で結婚式を挙げても、それが正式に認められるとは思えない。王族の結婚とは、それほど簡単なものではない。
でも、たとえ後で無効にすることができたとしても、アーサーと結婚するなんて絶対に嫌だった。
「離して! 私は絶対に、あなたなんかと結婚しないわ」
逃げようと身を捩るが、両腕を掴まれて壁に押しつけられる。
魔物相手ならば圧倒的な強さを持つミラも、人間相手には無力だった。
「抵抗しても無駄だ。お前はこの私の妻となり、このロイダラス王国の聖女になるのだ」
壁に挟まれて動けないミラに、アーサーが迫ってくる。顎を掴まれ、無理矢理上を向かされた。
結婚式で交わす、誓いの口づけ。
それは将来を誓い合う神聖な儀式のはずだ。
こんなふうに押さえつけられながら、無理矢理奪われて良いものではない。
「ラウル……」
涙とともに零れ落ちたのは、ずっと一緒に旅をしてきたひとりの男の名前だった。
こんなところに居たくない。
彼の傍に戻りたい。
そう願った瞬間、周囲が銀色の光に包まれた。




