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孤児院にいたので、聖女だったことがわからなかったのかもしれない。
でも資料を見る限り、行方不明になっていたのは五歳のときから十年もの間である。
(見つかったのは、本当に行方不明になっていた伯爵令嬢だったのかしら?)
聖女マリーレは王都に迎え入れられ、今までミラが過ごしていた場所で暮らしているようだ。
アーサーは毎日のように彼女の元に向かい、何か不自由なことはないか、色々と心を配っているらしい。
(私がこの国に来たときと、まったく同じね)
その話を聞いて、溜息をつく。
ミラが聖女としてロイダラス王国に来たときも、アーサーは毎日のようにミラの元を訪れてくれた。
あのときは優しい人だと勘違いしてしまったが、今ならわかる。
彼にとって聖女は、自分の国を守るための道具でしかないのだ。
そのうち時期を見て、アーサーは聖女との婚約を発表するだろう。
ミラと違って、ロイダラス王国の貴族出身の聖女だ。
彼女を王妃にすることによって、この国にも聖女がいるのだと各国に示すつもりなのかもしれない。
ミラは静かに思案した。
(そのために、孤児だった少女を伯爵家の養女にした可能性もあるのかしら?)
新しい聖女は、本当に行方不明になっていた伯爵家の娘なのか。
気になることはたくさんあったが、ミラがそこまで気にする必要はない、と侍女達は言う。
たしかに彼女達の言う通りだ。
もうミラはこの国の聖女ではないのだから、さっさと祖国のエイタス王国に帰って、あとのことは兄に任せるべきだ。
「そうね。私にはもう、関わり合いのないことだもの」
そう思っていたのに、なかなか旅が進まなかった。
王都から出て移動したものの、ここから次の町に行く道が崖崩れで塞がれてしまったのだ。
開通するまでこの町に滞在するか、もしくは迂回路を通らなくてはならないらしい。
迂回路は険しい山道で、とてもミラが通れるような場所ではなさそうだ。
「困ったわね。こんなことになるなんて」
十日もすれば、ミラの結界の効果は完全になくなってしまう。
そうすれば、魔物がこの国にも次々と侵入して来るに違いない。
国は混乱状態になり、ますます旅をするのが難しくなってしまうかもしれない。母から金貨を授けられていなかったら、路頭に迷っていた可能性もある。
今は道が復旧するまで、おとなしく待っているしかなかった。
ミラは用心のために宿屋から一歩も外に出ず、ただ侍女達が持ち帰って来る町の噂話を聞くしかない。
それによると、アーサーは早々に聖女マリーレとの婚約を発表したようだ。彼女は王太子の婚約者となり、じきに王太子妃となるであろう。
「ミラ様……」
侍女が気遣わしげにこちらを見ていたが、ミラには王太子のアーサーにも、王太子妃の地位にもまったく未練はなかった。むしろ結婚する前に、彼の本性が知れてよかったくらいだ。
兄や姉の庇護下から離れて、初めて接した異性がアーサーだった。
今思えば、少し浮かれていたのかもしれない。
「私なら大丈夫よ。心配なのは、ちゃんとエイタスに帰れるかどうか。それだけね」
浮かれていたときの自分の姿は、どうか忘れてほしい。
そんな願いを込めて言うと、侍女達はそれを察してくれたようだ。
「ミラ様の身は、わたくし達が必ずお守りいたします。どうぞご安心ください」
「ありがとう。私も、魔物が相手ならあなた達を守ってあげられるわね」
人間相手には無力だが、魔物が相手ならミラはけっして負けない。
それが聖女の力であり、その存在が貴重である理由でもあった。
祖国であるエイタス王国はまだ遠い。
その道のりを思って、ミラはそっと溜息をついた。




