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だがそのとき、町では予想外の騒動が起こっていた。
ミラが町を飛び出す様子を見た避難民が、この町も聖女に見捨てられてしまったのかと騒ぎ立てたのだ。
何とか鎮めようとしたジェイダーだったが、彼はミラが町を出て行った理由を知らなかったので、一時はかなり騒然としたようだ。
けれどサリアの証言で、ミラがラウルを探して町を出たことがわかった。ジェイダーはミラが町を捨てたわけではなく、仲間を迎えに行っただけであり、すぐに戻って来るからと言い聞かせて、ようやく落ち着いたらしい。
そのあと、ミラがラウルと無事に戻ってきたから、人々の動揺は無事に落ち着いたようである。
それを聞いて、ミラは自分の軽率な行動のせいで混乱を招いてしまったことを反省した。
だが、気懸りなことができてしまった。
ミラは、この先ずっとこの町に留まることはできない。いつかは必ず、この町から聖女の結界は消えてしまうのだ。
もちろん途中で放り出すつもりはないが、兄は、ミラが長くこの国に留まることを許してくれないだろう。
でもミラが町を少し離れただけで、ここまでの騒動になるとは思ってもみなかった。
考えてみれば、王都に住んでいた人々は、二度も聖女の加護を失っている。
一度目は、ミラが追放されたとき。
そして、あの聖女が王都を見捨てて立ち去ったときだ。
(どうしよう……。少し考えが甘かったのかもしれない……)
ミラは俯き、唇を噛みしめる。
この町が復興するまで、ここに留まると決めていた。
けれど、それはいつなのか。
住めるようになれば、それでいいのか。それとも、人々が安全に暮らせるようになるまでなのか。
王都が壊滅してしまった以上、この町を頼って来る者は、これからも増えるだろう。
いつしか、この町だけではすべての人を保護することはできなくなるかもしれない。そのとき、住人達を他の場所に安全に移住させるには、どうしたらいいのか。
問題は山積みで、ミラはそれにどこまで関わったらいいのか迷っていた。
途中で放り出すことはできないと決めた。でも、どこまで協力したらいいのかわからない。
アーサーの婚約者だったときなら、ここはミラの祖国になるはずだった。そうなっていたら、何年掛かろうと復興に力を尽くしただろう。
けれど今のミラは、エイタス王国の王妹で、ただジェイダーに協力しているに過ぎない。
(ラウルが戻ってきたら、相談してみよう)
ミラが目覚めるまで傍にいてくれたラウルだったが、見張りの交代の時間が来てしまい、今は城門の見張りをしているはずだ。
彼に相談して、明確な目標を決めたほうがいい。
そう思っていたミラだったが、先にジェイダーがミラに会いに来た。
どうやら、相談したいことがあるらしい。
この町のリーダーであるジェイダーはかなり忙しく、会うのも久しぶりだ。
彼も王都壊滅の話を聞いて、動揺しているだろう。ミラも、不用意に町を飛び出したせいで、混乱を招いてしまったことを謝罪したいと思っていた。
「ミラ様、お休みのところを申し訳ございません」
そう言って謝罪したジェイダーだが、しばらく見ない間に少しやつれたようだ。
「いいえ、私なら大丈夫。ジェイダー様こそ、疲れているのでは?」
心配になってそう尋ねる。
この国を背負う覚悟を決めたとはいえ、まだほとんど協力者のいない今の状況では、負担が大きすぎるのだろう。
「大丈夫です、と言いたいのですが……」
ミラの顔を見て、ジェイダーは表情を歪めた。
「問題が山積みで、なかなか解決することができません。避難民同士の諍いも増えてしまって、もうどうしたらいいのか……」
「ミラ様は、兄の婚約者だったと聞いています。この国の王妃になるはずだった」
「……ええ、彼が私との婚約を破棄するまでは」
戸惑いながらも、それは事実だったので、ミラは頷いた。
「私は兄のようなことはしません。絶対に、あなたを聖女として、伴侶として大切にします。ですから、どうかもう一度、この国の王妃になってはくれないでしょうか」




