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不安だった。
大切なものをなくしてしまったような、焦燥が胸を駆け巡る。
もしかしたらラウルは、その聖女を探すために町を出て行ったのかもしれない。ひとりで、その聖女と戦おうとしているのかもしれない。
(ラウル……)
泣き出したくなるのを堪えて、必死にその姿を探す。
最初に出逢ったときのことを思い出す。
彼は聖女を快く思っていなかった。疎ましく思われることが怖くて、自分が聖女であることを言い出せなかったくらいだ。
それもラウルの過去を聞いてしまうと、仕方のないことだと思う。
彼にとっては祖国滅亡のきっかけを作っただけではなく、父である国王を欺き、国を思う心を利用して一方的に搾取した憎い相手だ。まだ彼も幼く何もできなかった分だけ、仇とも言える聖女を逃がしてしまった後悔の念は深いだろう。
その聖女が、今度はこの国に狙いを定めた。
しかも、リーダイ王国を滅ぼした方法とまったく同じことをしたのだ。
魔物避けだと言って、かえって呼び寄せるような方法を取らせ、対価として宝石を要求する。
あの狡猾なアーサーでさえ騙したのだ。国を想う優しい王を騙すことなど、容易いことだったに違いない。
(でもラウル。どうか、ひとりで行かないで。私も一緒に行くから。あなたの敵と、私も一緒に戦うから……)
思うのは、ただそれだけだ。
だが、そんなミラの道を阻むように、魔物が襲いかかる。
「邪魔をしないで!」
ミラはそう叫びながら、道を塞ぐ魔物の瘴気を浄化した。
強すぎる魔法は、魔物が存在することさえ許さず、ミラの魔法だけで浄化されて跡形もなく消え去った。
魔物の瘴気を浄化し、弱体化することはできても、魔物の存在さえも消し去ることなど、誰もできなかったことだ。
もちろんミラの母も姉も、そんな魔法を使うことはできない。
それをミラは二度も使った。
想いが、魔法を強くする。
ミラの母がそう言っていたように、ラウルを想う気持ちが、ミラの魔法を最大限に高めていた。
一度目も、ラウルが関わっていたときだ。
彼の傷を癒そうとしたミラは、祈りの力が強すぎて魔物まで浄化してしまった。
けれどミラは、自分が規格外の力を使っていると気付かぬまま、ただラウルの姿を求めて走っていた。
ふと、右手の方から戦いの気配がした。
(もしかして、ラウル?)
ミラはすぐに足を止め、その方向に向かって歩き出す。
「ラウル!」
そこにいたのは、期待していた通りラウルだった。
大剣を構え、虎に似た大型の魔物と対峙している。
動きが素早く、なかなか手強い魔物だが、ラウルなら問題なく倒せるはずだ。それなのに苦戦しているのは、やはり気に掛かることがあるからだろう。
少なからず傷を負っている様子に、心が痛む。
それでも彼を見つけられたことに安堵しながら、彼の前に飛び出して魔物と対峙する。
「ミラ?」
突然飛び出してきたミラに驚き、庇おうとしたラウルだったが、その前にミラの浄化魔法が、魔物の存在を消し去る。
ミラを庇おうと、背後から抱き締めたラウルは、目の前で魔物が消滅する様を見て、驚いたようだ。
ミラは自分を抱きしめるラウルの腕に触れる。
痛々しい傷はもう跡形もない。魔物の浄化とともに、癒しの魔法も使っていたようだ。
(ああ、よかった……)
ほっとすると急に力が抜けてきて、ミラはラウルがどこにも行かないように必死にしがみ付いたまま、目を閉じる。
(ああ、また無理をするなって怒られるかな……)
でもラウルがひとりで行ってしまわなくて、本当によかった。
力が抜けそうになる腕で必死に彼を掴まえたまま、ミラは心から安堵していた。
 




