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礼拝堂の高所にある窓から、白い光が降り注いでいる。
その光を受けて、ミラの銀色の髪が眩いほどに煌く。
礼拝堂の椅子に座ったり、床に布を敷いて横たわっている人々の様子を伺いながら、ゆっくりと歩いていく。その姿を見て、聖女様、と感極まったような声があちこちから響いた。
ミラはその声がした方向に微笑みかけながら、サリアの姿を探していた。だが、それらしき姿は見当たらない。どうやら外にいるようだと思い、そのまま教会を出た。
彼女は夫のバロックとともに、建物の中に入りきれなかった人達の世話をしていた。
木の杭や布を使って大きなテントのようなものを作り、そこには比較的軽傷な者や、重傷だったがミラの魔法によって完治した者がいるようだ。
「サリアさん」
ミラが呼びかけると、彼女は振り向いた。
「よかった。目が覚めたのね」
「ええ。すっかり回復したわ。王都の様子を聞きたいの。ラウルはどこかしら?」
「……彼なら、町の周辺に集まった魔物を退治してくるって出かけたわ。ただ、少し様子がいつもと違っていたから、何だか気になって」
「ラウルが?」
「ええ。昨日、王都から逃げ込んできた人達に何があったか聞いたのよ」
サリアとバロック、そしてジェイダーとラウルが、彼らの話を聞いていたようだ。中には王城に勤めていた兵士や侍女もいたらしく、彼らは王都で何が起こったのか、かなり詳しく語ってくれた。
王都に結界を張っていたのはマリーレではなく、王城を訪ねてきたひとりの聖女だったようだ。
彼女はペーアテル神殿に向かう途中だと言い、人々が苦しんでいる様を見過ごすことはできないと、魔物を撃退し、王都に結界を張ったようだ。
それを考えると、彼女は本物の聖女だったのだろう。だがその聖女が王都に人が増えることを嫌ったせいで、アーサーは路上で過ごしていたような人達を、王都の外に放り出したのだ。
「王都の外には、追い出されて亡くなった人達の遺体と、魔物除けのために積み重ねられた魔物達の死体の山で、ひどい状態になっていたみたい」
「そんな……。魔物の死体を放置しても、魔物除けにはならないわ。むしろ集めてしまうのに」
ペーアテル神殿に住まう聖女が、それを知らないはずがない。
結界が守れる人数に限界があるようなことを口にしたこともあり、ミラには、その聖女がわざと王都を混乱に陥れたように感じてしまう。
(まるで、リーダイ王国が滅びた日のようだわ)
そう考えた途端、背筋がぞくりとした。
だが、それもサリアの次の言葉で確信に変わる。
「そしてある日突然、その聖女と結界が消えたらしいの。聖女は結界の見返りにペーアテル神殿に寄付してほしいと言って、王太子からたくさんの宝石を受け取っていたらしいわ」
その宝石をひとつ残らず持ち出して、聖女は消えた。
同時に結界も消えてしまい、周囲に溜まっていた魔物が王都に押し寄せたのだ。
(ああ……)
彼女は間違いなく、十年前にリーダイ王国を滅亡させた聖女だ。
その話を聞いたラウルが、平静でいられるはずもない。
「ラウル」
彼の傍に行かなくては。
そう思ったミラは、サリアの止める声も聞かずに走り出した。
この町に滞在するようになってから、町の外に出るのは初めてかもしれない。
思えばこのときのミラは、感情的に行動しすぎてしまった。
王都を捨てて立ち去ったあの聖女のせいで、避難してきた人々は、聖女に見捨てられることを恐れている。それなのに、そんな彼らの目の前で、町を飛び出してしまったのだ。
ようやく生き延び、逃げ延びてきた人々が、そんなにミラの姿を見て、この町も聖女に見捨てられてしまうではないかと不安に思うことまで考えていなかった。
ただラウルのことだけを考え、彼の姿を探し求めて、町の外に飛び出していた。




