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「ミラ!」
ふと、目の前が暗くなったかと思うと、誰かにしっかりと抱き止められた。
「あ……」
途切れそうになっていた意識が、少しずつ鮮明になっていく。
強い魔法を使ったあとに、衝撃的な話を聞いてしまったせいで、倒れそうになっていたようだ。
支えてくれる腕に、必死に掴まる。
それが誰かなんて、考えなくてもわかっていた。
何度もこの腕に支えられてきたのだから。
「……ラウル、王都が」
縋るようにそう言うと、背中を優しく撫でられる。
「ああ、聞いた。どうやら本当のようだ」
手のひらから伝わる温もりに、少しずつ心が落ち着いていくのがわかった。
「王都には結界が張ってあると聞いたわ。それなのに、どうして?」
「今、ジェイダーとバロックが避難してきた人達に、詳しい話を聞いている。お前は少し休め」
「でも、怪我をしていた人達が……」
「お前の魔法は、礼拝堂の外にいた人達も一瞬ですべて癒してしまった。怪我人はもういない。だから、少し休んだ方がいい」
どうやら魔法は成功していたらしい。
王都の結界はどうなったのか。
アーサーはどうしているのか。
新しい聖女はどうしたのか。
聞きたいことはたくさんあったが、ラウルは強引にミラの手を取って、部屋に連れて行ってしまう。
「ラウル、待って。王都の話は……」
「今はまだ、事情を詳しく聞いているところだ。人によって言うことが違うこともあるから、どれが正確な情報なのか、しっかりと調べなくてはならない」
「そうかもしれないけど、でも」
こんな状態でひとりだけ休むことなんてできない。
そう思っていた。
「休めるとしたら今のうちだ。これからまた、避難してくる者がいないとは限らない」
「……わかったわ」
でも、負傷者が増えるかもしれないと言われたら、きちんと体調を整えなければならないと思う。
実際、魔力は回復していたが、体力がまだ回復していないと感じている。この状態でさらに魔法を使うと、また倒れてしまう可能性が高いだろう。
いざというときにきちんと魔法を使うことができるように、ここはラウルの言う通りに少し休んで体力を回復させて、次に備えたほうがいい。
「眠れないかもしれないが、身体を横たえているだけでも違うだろう。何かわかったら、すぐに教える。だから、今は身体を休めたほうがいい」
ラウルは先ほどよりも優しい声でそう言うと、まるで眠れずに泣き出してしまった子どもを慰めるように、ミラの頬をそっと撫でる。
(……ラウル)
ミラは彼を見送ったあと、素直に自分の部屋のベッドに横たわった。
眠れないと思っていたが、身体は思っていたよりもずっと消耗していたらしい。気が付けば、意識が途切れていた。
そのまま朝まで眠ってしまっていたようだ。
(あんなことがあったのに、しっかり眠ってしまうなんて)
いくら疲れていたとはいえ、あれだけたくさんの怪我人を見たあとに、王都が壊滅したという話を聞いたあとだ。
身体を休めるために横たわることはできても、ゆっくりと休むことなんてできないと思っていた。
でも実際は、朝になるまで眠ってしまった。
エイタス王国や王都にある神殿にいた頃は、考えられなかったことだ。
我ながら図太くなったものだと、思わず笑みが浮かぶ。
それでも、強くなることは悪いことではないだろう。
これからどうなるかわからない以上、体力だけではなく精神力も鍛えておきたいところだ。
「よし、頑張る」
気合いを入れるようにそう言うと、手早く着替えをして部屋を出る。
ラウルに、昨日のことを詳しく聞かなくてはならない。
「姫様、お目覚めでしたか」
ミラの姿を見ると、すぐに侍女が駆けよってきた。
「お傍を離れてしまい、申し訳ございません」
「構わないわ。怪我人の看病をしてくれたのでしょう?」
あの後も、少数だが避難してきた者達がいたようだ。侍女達は、その対応に追われていたのだろう。
「私はもう大丈夫。昨日のことを聞きたいの。誰かいるかしら?」
「それでしたら……」
礼拝堂にサリアがいると聞き、ミラはそちらに向かうことにした。




