63 滅びの国Ⅻ
ロイダラス王国の王都は、とても平和だった。
王都は結界で守られ、魔物は入り込むことができない。
聖女エリアーノは、増え続ける負担の中、必死に結界を維持してくれた。
「どうか、ペーアテル大神殿にさらなる寄付を。神殿のためと思えば、私も力を振り絞ることができます」
健気にそんなことを言う彼女のために、惜しみなく宝石を与えた。
宝石など、この先いくらでも手に入る。
だが、王都が壊滅してしまえばもう終わりだ。彼女の要求はそれからもどんどん大きくなっていったが、アーサーはすべて叶えていた。
貴族の中には、彼女の望みはあまりにも大きすぎると苦言を呈する者もいたが、王都を守る結界を張れるのはエリアーノだけだ。
彼女に守られたくないのなら、王都から出ていけと言えば、彼らもそれ以上何も言えずに口を噤んだ。
アーサーと聖女に逆らえば、王都から追放される。
貴族達もそれを悟ったらしく、そのうち周囲には聖女の力を称える者ばかりになった。
中には、聖女のために貢物を差し出す者もいた。
彼女はそれさえも自分のものにせず、ペーアテル神殿のために受け取った。
平和な王都とは違い、王都の外は酷いものだった。
魔物除けになるからと、騎士団が倒した魔物の死体は王都の外に積み重ねられていたのだ。
だが、それもあまり効果がなかった。
王都から追い出されてそのまま亡くなってしまった人達の遺体に魔物が群がり、王都の外を魔物が常に徘徊するようになってしまったからだ。
そのせいで周辺の町から逃げてきた者達は、王都ではなく別の方向に逃げるようになり、これ以上人口が増える心配はなくなった。
これでエリアーノの負担も少し減るだろうと安堵していたが、ある日。その聖女が姿を消した。
彼女の力は類まれなものだ。
最初はアーサーも、エリアーノが拉致されたのだと思い、必死に手掛かりを探した。だが、彼女の部屋にあった宝石類が、すべて持ち出されていたこと。聖女の周囲は厳重な警備だったことから、彼女が逃げ出したのだとわかった。
結界は消えてなくなり、周辺を徘徊していた魔物が、一気に王都に押し寄せてきた。
アーサーはすぐに騎士団に魔物の討伐を命じ、聖女の姿を探した。
だが彼女は昨晩のうちに姿を消してしまったようで、どんなに探しても見つけることができない。
「……聖女は、エリアーノはどこに行った? なぜ、魔物が押し寄せてきているのだ」
彼女に仕えていた神官やシスターを叱咤しても、彼らもわからないと狼狽えるだけだ。
そのうち、王城の近くまで魔物が迫ってきた。
城門を固く閉ざして、魔物の侵入を防ぐ。
王都の人達や、魔物を退治するために出動した騎士達が中に入れてくれと叫んでいたが、けっして開けてはならないと命じる。
そのうち、王都の外の逃げた方が安全だと悟ったのか、彼らは逃げ出した。
このまま籠城していても、いずれ魔物に侵攻されるだろう。
アーサーはそれを悟り、王城の人達が城門を守ろうと必死になっているところを見計らって、裏門からひそかに逃げ出した。
たしかに王都や王城は大切なものだが、アーサーはこの国を継ぐ王になる身だ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
アーサーにとって国とは王城や国民のことではなく、王族であり、国王のことだ。
ローブを深く被って逃げ惑う人々に紛れ、何とか町に辿り着いた。
だがこの町は、王都から逃れてきた人々を受け入れずに拒絶した。
今までどんなに頼んでも王都に入れてくれなかったのに、そんなときだけ助けてもらおうなんて、都合の良いことを言うな。
固く閉ざされた城門の向こうから、若い男がそう怒鳴っている。
城門に群がっていた人々は、それは国王代理のアーサーの命令だと、すべてアーサーのせいだと怒鳴っている。
(……勝手なことを)
怒りが募ったが、さすがにここで正体がばれたら大変なことになる。
そのうち、魔物を警戒しながら、少しずつ諦めて他の町に歩き出す人が増えてきた。
その中のひとりが、こんなことを言った。
「国境近くに、避難してきた人を受け入れてくれる町があるらしい。何でも、聖女様が町を守っているそうだ」
「この国に聖女などいるか。今までもすべて偽物だったじゃないか」
連れらしき男がそう言い捨てたが、彼は違う、と首を振る。
「彼女は、エイタス王国から来たそうだ。そう、この国の偽物聖女とは違って、本物の聖女様だよ」
エイタス王国、と聞いた途端、周囲の人々も騒めいた。
あの国が四人もの聖女を有していることは、よく知られている話だ。
「もしかしたら、エイタス王国に保護してもらえるかもしれない」
「それが無理でも、あの国の聖女様なら、俺達を見捨てたりしないだろう」
その話が周囲に広まるにつれ、国境に移動する者が増えていく。
(……エイタス王国の聖女。ミラか?)
アーサーもその群れに交じって、国境を目指す。
聖女マリーレは、偽物だった。
力も使えず、何の役にも立たない女だった。今頃は地下牢で魔物に殺されているかもしれない。
聖女エリアーノは、さんざん貢がせた挙句、姿を消した。
力は本物だったのかもしれないが、アーサーを裏切った。必ず見つけ出して、反逆罪で処刑してやると決意する。
やはりミラこそが、この国の聖女にふさわしい女だった。
さんざん偽物に邪魔をされてしまったが、やっと真実に気が付いた。
彼女を迎えに行き、ふたりで国を再建しよう。ミラさえ手に入れれば、すべてがうまくいく。
アーサーはそう決意して、国境近くにあるという、その町に急いだ。




