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ミラは何も言えずに、ラウルの横顔を見つめていた。
彼の決意は固い。
きっとミラが何を言っても、考えを変えることはないだろう。それがわかっているから、ただ見つめることしかできなかった。
「まぁ、今はこの町を守ることが先決だ。ただ、先にお前に伝えておきたかった。それだけだ」
ラウルはそう言って立ち上がると、ミラに手を差し伸べた。
素直にその手を握って、ミラも立ち上がる。
「もう休んだ方がいい。教会まで送る」
「……ううん。ひとりで戻れるわ。ラウルも、交代したらちゃんと休んでね」
「ああ。お休み」
ラウルと別れて教会に戻ると、礼拝堂にサリアの姿があった。
ミラの不在に気が付いて、待っていてくれたようだ。
「よかった。戻ってきたのね。町の中だからそんなに心配はしていなかったけれど、少し気になって」
「ごめんなさい。ちょっと、話をしてきたの」
「……ラウルと?」
サリアの優しい声に、こくりと頷く。
「今後の打ち合わせをしておきたくて。これからも協力してくれるって言ってくれたの。だから、安心したわ」
動揺を隠して、笑顔でそう言う。
「そう。よかったわね。彼の剣の腕はバロックも認めていたわ。頼もしいわね」
「ええ、本当に」
でも彼は、いずれミラの元を立ち去ってしまう。そして魔物の住処となってしまっている、危険な場所に行くのだ。もう彼が怪我をしても、癒してあげられない。それを思うと、泣き出したくなる。
「でも、悲しそうな顔をしている。何かあったの?」
「……そんなことは」
慌てて否定するが、サリアにはすべて、お見通しだったらしい。ミラはしばらく沈黙したあと、何でもないことのように笑って告げた。
「この町にいる間は、一緒にいてくれるみたいだけど、その後はこの国を離れるらしいの。それを聞いたら、少し寂しくなって」
正直にそう伝えると、サリアは慈愛に満ちた微笑みでミラを優しく抱きしめた。
「そうだったの。それで、そんな顔をしていたのね」
「私、どんな顔をしていたの?」
「とても悲しそうだったわ。こうして抱きしめたくなるくらい」
ミラは自分の頬に手を当てた。
ラウルにも、そんな顔を見せてしまっただろうか。
「まだ時間はあるわ。焦らずに、じっくりと自分の気持ちに向き合うべきね。私も、バロックのこと、最初は大嫌いだったのよ」
「え、そうなの?」
「ええ。出逢ったときのこと、今度教えてあげるわ」
だから、今日はもう休みなさい。
そう言われて、ミラは自分の部屋に戻った。
サリアと話したお陰で、心も少し軽くなったようだ。
この町が、結界なしで成り立つには、まだ時間が掛かる。それまでは一緒に居られるのだから、その貴重な時間を苦しい思い出だけにしたくはない。
つらくても笑顔でいよう。
そう決意して、目を閉じる。
けれど、平穏な日々は長くは続かなかった。
それからひと月ほど経過した、ある夜のこと。
見張りをしていたバロックが、非常事態の鐘を鳴らしたのだ。
結界に守られたこの町にとって、魔物の襲撃は緊急事態ではない。
鐘を鳴らすほどの非常事態。
それは、町の近くで魔物の襲撃があり、大量の怪我人が運び込まれたときだ。
ミラはすぐに飛び起き、身支度をして部屋を飛び出した。侍女とサリアも、その後に続く。
怪我人は、教会の礼拝堂に運び込まれていた。
「……っ」
駆け付けたミラは、目の前の光景に思わず息を呑む。
「これは……。ひどいわね」
ミラの背後にいたサリアも、震える声でそう呟いた。
二十人ほどの人が、床に布を敷いた上に寝かされていた。かなり酷い怪我を負っていて、意識のない人もいる。すぐにでも治療をしなければ、助からないかもしれない。
「他にも重傷者がいる。応急手当を手伝ってくれ!」
教会の外からバロックの声がして、サリアと侍女が駆けて行った。
残されたミラは、ひとりひとり治療をしていては間に合わないと判断し、礼拝堂全体に治癒魔法を掛ける。
(……お願い、成功して)
礼拝堂全体が銀色の光に包まれる。
魔力をかなり消耗したのがわかった。急激に失われた魔力に、足がふらついて倒れそうになる。
(まだ、駄目。外にも重傷者がいると言っていたわ。癒さないと)
魔力はまだ充分に残っている。体力にさえ気を付ければ大丈夫なはずだ。必死に外に出ると、ミラの姿を見つけたサリアが駆け寄ってきた。
「……王都が、壊滅したそうよ」
「!」
あまりの衝撃に、ミラは言葉を発することもできずに、ただ息を呑む。




