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ミラは侍女に説明したように、エイタス王国の王妹を名乗って支援した以上、簡単に放り出すことはできない。もう少しジェイダーの活動が軌道に乗るまで、この町で支援を続けたいのだと説明した。
ラウルはミラが話し終えるまで、静かに聞いてくれた。
「エイタス王国の方は、大丈夫なのか?」
「もちろん、すぐに連絡を入れるわ。これ以上、お兄様やお姉様に心配をかけるわけにはいかないもの」
「ただ手紙を送るよりも、状況を説明できる者をひとり、国に帰らせた方がいい。そうしておけば、いざとなったときにエイタス王国からの支援も期待できる」
「……そうね。頼んでみるわ」
ラウルの提案で侍女をひとり、エイタス王国に向かわせることにした。ミラが祝福を与えれば、国境まで無事に辿り着けるはずだ。
「祝福というのは、どういう効果がある?」
侍女の身を守るために、サリアかバロックを護衛にした方がいいのではないか。そう提案してくれたラウルに、祝福があるから大丈夫だと告げると、彼はそんな質問をした。
「祝福というのは、町を覆う結界を、人に掛けるような感じかしら。魔物から身を守ってくれる魔法よ。強めにかければ、十日くらいなら持続するわ」
「なるほど。十日もあれば、国境に辿り着けるな」
「ええ」
きちんと無事を知らせるのなら、ラウルはミラがここに残ることに反対しないようだ。それに安堵しながらも、ここからが本番だと、ミラは緊張しながらもずっと考えていた言葉を告げる。
「仲間と会うまで護衛をしてほしいと頼んだけれど、これからも力を貸してくれないかしら。もちろん、その分の報酬も頑張って私が支払うわ」
ラウルが報酬目当てで助けてくれたわけではないことは、ミラもよくわかっている。
ただ報酬を渡すまでは、彼との繋がりは切れない。そう思うことができるから、報酬のことを口にしてしまう。
「ああ。俺も、ここまで深く関わったからには、途中で離脱するつもりはない。お前が国に帰るまで、傍にいるさ」
「……ありがとう、ラウル。あなたが一緒なら、とても心強いわ」
その答えに安堵して、ミラは微笑んだ。
でも、すぐにあることに気が付いて、その表情が強張る。
「国に帰るまで? エイタス王国に一緒に行ってくれるのよね?」
自分で頑張って報酬を支払うから、一緒に来てほしい。ミラはそう頼んだし、彼も承諾してくれたはずだ。
「いや、俺は、エイタス王国には行かない」
「そんな……」
今すぐ別れると言われたわけではない。それなのに、ラウルと離れる日が来ると思うだけで、涙が滲みそうになる。
自分の感情に驚きながらも、ミラは必死に言葉を続ける。
「でも、報酬が……」
「報酬なら、もう貰ったようなものだ」
ミラの訴えに、ラウルは穏やかな笑みで答えた。
「お前と一緒に旅をすることができて、多くのものを得た。忘れていたものを、思い出させてくれた。それは、金銭ではけっして得られない貴重なものだ」
「……ラウル。私は何もしていないわ」
「いや、俺に、正しい聖女の姿を教えてくれた。何の見返りも求めずに、人を救う尊さを教えてくれた。そして、王族としての正しい在り方を教えてくれた。すべて、俺が知らなかったこと、そして忘れてしまっていたことだ」
ラウルはそう言うと、首に下げていた鎖を引っ張り出した。
その先端には、銀細工の指輪がある。
彼はそれを、ミラに見えるように高く掲げた。
「!」
何気なく視線を向けたミラは、その指輪にある紋章が刻まれていることに気が付いた。
「……これは」
ラウルの失われた祖国。
リーダイ王国の、王家の紋章だった。
「俺は、リーダイ王国の王家の、最後の生き残りだ」
「……王家の」
ラウルがこれほどリーダイ王国の特徴を色濃く受け継いでいるのは、王家の人間だったからだ。
ジェイダーが、この国を守ることが王家の血を継いだ自分の義務だと言ったとき、ラウルが悲しげな様子だったことを思い出す。
あのとき彼は、自らの過去とジェイダーの決意を重ねて見ていたのだろう。
「俺は、何もできなかった。国を守ることも、人々を助けることもできずに、ただ逃げ延びただけだ」
ラウルはそう言うが、十年前といえば、彼だって今のミラやジェイダーよりも年下の子どもでしかなかった。
しかも今のロイダラス王国よりも魔物の襲撃は頻繁で、壊滅した町も多かったに違いない。そんな状況で、まだ幼い彼がひとりで生き延びただけでも、奇跡的なことではないかと、ミラは思う。
けれどラウルは、必死にこの国を建て直そうとしているジェイダーを見て、自分の過去を悔いているのだろう。
「ミラがこの町から離れるとき、俺もこの国を出る。今、リーダイ王国がどうなっているのか、この目で確かめるつもりだ」




