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ゆっくりと歩いて行くと、やがて町の入り口が見えてきた。
結界で守られているこの町の門は、いつでも開かれている。見張りも、敵の侵入を警戒しているのではなく、この町を頼って辿り着いた者をすぐに保護できるようにするためである。
門のすぐ近くに、見張り小屋がある。今日は、ラウルしかいないはずだ。
ミラは一度立ち止まり、深呼吸をしてから、そっと扉を叩いた。
久しぶりになってしまったせいで、やけに緊張している。
「……ラウル?」
だが、いくら待っても返事はない。不審に思って扉を開くと、中は無人だった。
見張りをさぼるような人ではないから、周辺の見回りに行ったのだろう。タイミングが悪かったと思わず溜息が出るが、今日を逃したら、また数日待たなくてはならない。
ミラはラウルが戻ってくるまで待つことにして、見張り小屋に備え付けられている簡易椅子に腰を下ろした。
きっとただの見回りなら、すぐに戻るだろう。
それでも、そんなに長く部屋を開けることはできない。
もし侍女が、ミラがいないことに気が付いてしまったら、騒ぎになってしまうだろう。
今まではこれが普通の生活だったのに、少し窮屈に感じてしまっている自分に気が付いて、ミラは自嘲気味に笑う。
いつのまに、こんなにわがままになってしまったのだろう。
自分が籠の中の鳥だったとは思わない。兄も姉もミラの意思を尊重してくれたし、できる限り気持ちに寄り添ってくれた。
それでも本当の自由を知ってしまうと、それさえも窮屈だと感じてしまう。
ラウルと旅をしていたときは、本当に楽しかった。
彼はミラを王女としても、聖女としても見ていない。普通の人間として扱ってくれる。
料理を教えてもらったり、ふたりで建物を修繕したりするのが、とても楽しかった。
ずっとこんなふうに暮らせたらと、何度も思った。
でもそんなことを望んではいけない。
我儘だとわかっている。
いくら第三王女とはいえ、王族の一員である。好きなことを自由にできる立場ではない。エイタス王国に帰れば、王女としての責任を果たさなくてはならないだろう。
(だからせめて、もう少しだけ……)
軋んだ音がして、扉が開かれた。
「ラウル?」
振り返ると、待ち望んでいた人の姿があった。
彼はミラの姿を見て驚いたようだ。
「こんな時間に、こんなところで何を……」
「ラウルを待っていたの。お話がしたくて」
「そうか」
ラウルは何か言いたそうにミラの顔を見ていたが、短くそう頷いただけで、それ以上何も言わなかった。
きっと夜中にひとりで出歩いていたことを、咎めようとしたのかもしれない。
それでもミラがあまりにも思い詰めた顔をしていたから、何も言わずにすべて受け入れてくれたのだろう。
「外に出よう。今夜は、月が明るい」
「ええ」
ラウルの申し出に従って、ミラは見張り小屋から出た。
そのまま近くにある、広場だった場所に向かう。そこには成長した野菜が葉を茂らせていた。
みんなで作り上げた畑だ。
「最初はどうなることかと思ったが、何とか形になってきたな」
それを見て、ラウルがそう呟く。
ミラも必死に畑を耕したことを思い出して、くすくすと笑った。
「そうね。ちゃんと成長しているみたいだし、収穫が楽しみだわ」
子ども達も、毎日楽しみにしているようだ。自分達で作った野菜の味は、きっと格別だろう。
「それで、俺に話とは?」
畑を眺めたあと、その前にある大きな木の下に並んで座る。
月明かりに照らされた町の様子を眺めていると、ラウルがそう尋ねてきた。
「うん。まず、あらためてお礼を言わせて。あなたに助けてもらわなかったら、ここまで逃げ切ることはできなかったわ。本当にありがとう」
「礼など不要だと言っただろう。それに、俺ひとりではできないこともあった。お前の力があったからだ」
「……ありがとう。ラウルにそう言ってもらえると、すごく嬉しい」
ミラは微笑み、それからようやく本題に入る。
「これからのことなんだけど、私はもう少し、この町に残ろうと思うの」




