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常に聖女が複数いた国で生まれ育ったミラには、この国の人達が、そこまで自国出身の聖女に拘っていたとは思わなかった。
(アーサー様も、そうだったのかしら)
ミラは、婚約者だった男のことを思い出す。
彼はいつも優しかったが、ミラがエイタス王国出身であることが気に入らなかったのかもしれない。
ミラは彼に突き飛ばされ、罵倒されたあの日まで、それにまったく気が付かなかった。
あの優しさも、労わってくれた言葉もすべて嘘だったのだろう。
さすがに少し、虚しい気持ちになる。
(それは、もう終わったことだから仕方がないとして……)
ミラは気持ちを切り替えるように、首を振った。
新しい聖女は、どれくらい聖女の力を持っているのだろうか。
この国にミラが聖女として着任するまでは、聖女が不在の国ということで、周辺国からの援助があった。
ミラの出身国であるエイタス王国も、定期的に魔物の討伐隊を差し向けて、被害が少ないように手助けをしていたのだ。
でもミラが聖女として派遣されてから、援助はすべて中止している。
もちろん魔物が侵入しないように結界を張っていたし、魔物の瘴気も浄化していたから、今までは何の問題もなかった。
こんな状況で、もし新しい聖女が瘴気を浄化することができないくらい、弱い力しか持っていなかったとしたら。
この国は結界も聖女の浄化もなく、さらに周辺国からの援助もない状態になってしまう。
そうなったらどうなるのか。
(滅びる……でしょうね。確実に)
魔物はとても強く、勢いに乗ったら人間の国など簡単に滅ぼしてしまう。
リーダイ王国が、その例だ。
あの国は王都から壊滅した。
溢れ出た魔物は、リーダイ王国だけではなく、他国にまで流れてきたらしい。
六年ほど前のことなので、まだミラは十歳だったが、父が殺気立った様子で国境に出向いていたことをよく覚えている。
(この国も、同じように……)
王都を追い出されたとき、いつかはそんな日が来るかもしれないと思ってはいたが、予想よりもずっと早く訪れるかもしれない。
「ミラ様」
侍女に声を掛けられて、我に返る。
「少し騒がしくなって参りました。そろそろ宿屋に戻りましょう」
「……ええ、そうね」
気付いたらもう日が暮れていて、周囲にも人が多くなってきた。
近くには酒場もあるらしく、男達の陽気な笑い声が聞こえている。
ミラは侍女に促されるまま、宿屋に戻ることにした。
用心のため、部屋は広めのものをひとつだけにして、侍女達と一緒に行動することにしている。
ミラは三人の侍女とともに部屋に戻り、寝台の上に座って溜息をついた。
「ミラ様。新しく聖女に認定された伯爵令嬢について、調査をして参りました」
侍女のひとりが、資料を差し出す。
「ありがとう。……彼女は、養女なの?」
さっと目を通したミラは、そこに記されていた文字に驚いて声を上げた。
「はい。どうやらそのようです」
聖女になったマリーレという女性は、どうやらディアロ伯爵の兄の遺児らしい。
領地が魔物に襲われ、当時伯爵家の当主だったマリーレの父が殺されてしまう。彼女もその際に行方不明になってしまい、弟である現在の伯爵がどうにか探し出して、自分の養女にした。
行方不明になっていた間、マリーレは魔物に親を殺されてしまった孤児院に収容されていたようだ。