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あまりにも非道なアーサーの行いに、ミラは言葉をなくした。
最近は王都の周辺にも、魔物は出没しているようだ。そんな場所に放り出されてしまったらどうなってしまうのか、アーサーにだってわかっているはずだ。
王都を守るためだと言っているようだが、内部にどれだけ人がいようと、結界の威力は変わらない。
王都を覆い尽くせるほどの結界が張れる者ならば、たとえ王都の人口が二倍になったとしても、問題なく結界を維持できるはずだ。
本当にできないのか、それともあえてそうしたのかわからない。
でもそんなことを続けていれば、間違いなく国民の反感を買うだろう。王都はともかく、地方や王都周辺の町では、これから反王勢力が育っていくと思われる。
そんな人達を、どれだけジェイダーが救えるか。この国の今後は、それによって決まるのかもしれない。
「姫様」
思案に暮れていたミラに、侍女のひとりが話しかける。
「この国は、これからもっと荒れ果てるでしょう。一刻も早く、エイタス王国に戻られるべきです」
「……」
そうするべきだと、わかっている。兄も姉も、消息を絶ったミラのことをとても心配しているだろう。
こんな状況では、国境の警備も薄くなっているはずだ。すぐにでも連絡をして、無事を知らせなくてはならない。
「お兄様に連絡はするわ。でも、今すぐ動くことはできないの」
力を貸した以上、途中で放り出すことはできない。
今、この町にいるのは、自分の身を守れない者達ばかりだ。ミラの結界がなくなってしまえば、すぐにまた魔物達によって壊滅してしまうだろう。
「ですが、姫様……」
「それにお兄様だって、ジェイダーを支持すると思うの」
隣国のロイダラス王国が崩壊すれば、エイタス王国にも多大な影響が出てしまう。それを考えれば、兄だってこの国の崩壊は避けたいはずだ。
でもミラが受けた仕打ちから考えても、兄がアーサーに手を貸すとは思えない。
「私は今、エイタス王国の王妹ミラだと名乗って、ジェイダーに手を貸しているわ。途中で自分だけ逃げだすような真似はできないの」
エイタス王国がジェイダーを見捨てたのだと思われてしまったら、彼の活動に大きな影響が出てしまう。
もう少し組織としてしっかりと成長するまでは、ここを動くことはできない。
侍女は心配そうだったが、これまで山で野営をしながら逃亡生活を送ってきたことを考えると、町に留まり、ひとりになれる部屋もある今の状況は、とても恵まれている。
「私は大丈夫。だからもう少し、ここにいさせて」
彼女達にしてみれば、一刻も早くエイタス王国に帰りたいだろう。それでも、ミラの意思を優先させてくれた。
それは、サリア達も同じだった。
「乗りかかった船だもの。私達も、最後まで協力させてもらうわ」
「……ありがとう」
仲間達の理解と協力は得られた。
実際、彼女達の助力はとても有難いものだった。
今までは魔物と戦える者がラウルしかいなかったので、彼の負担が心配だったが、これからはサリアとバロックもいる。
あとはラウルとも話し合いをして、これからも協力してくれるように頼むだけだ。
でもその機会は、なかなか訪れなかった。
ミラの傍には常に侍女がいてくれたし、ラウルも忙しく動き回っているようだ。顔を合わせることは何度もあるが、ゆっくりと話をすることができない。
何も言わなくても、ラウルは今まで通り協力してくれているのだから、必要のないことかもしれない。
でもミラは、彼ときちんと話しておきたかった。
(ラウルと話しておきたい。何とかしないと……)
今日はたしか、ラウルが夜の見張りをしているはずだ。
ミラは皆が寝静まったことを確認すると、そっと教会を抜け出した。
明かりはないが、月が明るい夜だった。
月明かりに照らされた町は、瓦礫の山はほとんどなくなり、建物の修繕が進んでいる。これからも、少しずつ町は元の姿を取り戻していくのだろう。




