56 滅びの国Ⅺ
ロイダラス王国の王城にエリアーノという聖女が訪れてから、王都の周辺から魔物の被害は目に見えて減っていた。
むしろ魔物の襲撃は、以前よりも多くなっているくらいだ。
だが聖女エリアーノの結界は完璧で、魔物の侵入を許さなかった。
そのお陰で、王都の人々は落ち着きを取り戻している。
緊急の報告も減り、アーサーもようやく静かに考えを巡らせることができるようになっていた。
国王の執務室で、これからの課題を考えてみる。
まず、エリアーノ以外のふたりの聖女をどうするか、考えなくてはならない。
マリーレは聖女を騙った罪で、今も王城の地下牢に幽閉されている。
神官が認めていたのだから、彼女は力を上手く使えないだけで、本当に聖女である可能性もあった。
それでもアーサーは、出自を偽っていた時点で、マリーレはもう使えないと判断していた。
まだ聖女としての力を自由に使えるのなら、予備の聖女として神殿に置いてもかまわなかった。
だがマリーレは、聖女の力も使えず、貴族でもない。
さらに自分の意志で伯爵家の娘を名乗り、アーサーさえも騙していたのだ。
義父のディアロ伯爵とともに、反逆罪で処刑しても構わないくらいだと思っている。
(だが今はまだ、その時期ではない)
今は聖女エリアーノのお陰で、国民も不満も小さくなっている。
これからまた何かが怒って彼らが騒ぎ立てるようなことがあれば、そのときこそ国に混乱を招いた偽聖女として処刑すればいいだろう。
(あとは……)
問題なのはもうひとりの聖女。
かつて婚約者でもあった、ミラのことだった。
まさか彼女が、エイタス王国の王妹であったなんて、想像すらしていなかったことだった。
だがそう言われてみれば、彼女のマナーが完璧だったことも、優雅で美しい姿をしていたことも納得できる。
容姿、聖女としての力、そして大国の王族である出自。
今思えば、すべてが完璧な女性だったのだ。
(だが父のせいで……)
最初から父さえきちんとそのことを伝えてくれていたのなら、彼女を手放すこともなかった。
今も未練は残るが、エイタス国王を敵に回してしまったことを考えると、捜索は続けるが、下手なことはできない。
彼もまた、妹の姿を求めて国中を探し回っていることだろう。
もしエイタス国王よりも先にミラを見つけることができれば、マリーレに騙されてしまっていたことを詫び、再びこの国の聖女になってくれないか頼むつもりだった。
だが、エイタス国王は先に妹を見つけてしまった場合は、もう何もせずにそのまま見送った方がいい。
ミラを手放すのは惜しいが、こちらにも今、エリアーノという聖女がいる。
彼女はマリーレと違って本物の聖女で、この国のために惜しみなく力を使ってくれる。
地方では魔物の被害が酷くなっているらしいが、どこの国でも魔物による被害がまったくない国なんて存在していない。
多少の犠牲は仕方のないものだ。
むしろ安全な場所を求めて、王都に人が殺到している。そのうち人が増えすぎて路上で暮らす人などが出てきた。
最初のうちは黙認していたが、あまり人が増えすぎると結界に綻びが生まれるかもしれないとエリアーノが危惧していた。
それを聞いてからは、路上で生活しているような者は見つけ次第王都の外に放り出すように、騎士団に命じている。
王都の外には、魔物が徘徊している。
中にはあまりにも非道な行いだと抗議する貴族もいたが、王都の守りが弱まるかもしれないことを話すと、誰もが口を閉ざした。
力のある聖女もいる。
騎士団も、常に王都の警備をしている。
王都は平和だった。
それはこれからもずっと続くと思っていた。




