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それからミラとラウルは、二人で話し合っていた通りに、ジェイダーの活動に協力したいと申し出た。
「ですが、兄があれほどご迷惑をお掛けしてしまった御方に、協力をお願いしてもよろしいのでしょうか?」
ミラは、アーサーによって追放された聖女。
しかも、エイタス王国の王妹だ。
戸惑うジェイダーに、ラウルはむしろミラの力が本物だと示す良い機会だと告げる。
「王太子に追放されたミラが本物の聖女だと知れ渡れば、あの男がどんなに理不尽な行為をしたのか、国中に広まるだろう」
そして、その聖女の協力を得て、魔物の被害に合った人々を保護しているのが、王太子の異母弟である。
自分達の利害を優先させる貴族はともかく、国民達は、どちらがロイダラス王国の次期国王に相応しいのかを、はっきりと理解するだろう。
問題は、ジェイダーに異母兄を退けてまで王位に就く覚悟があるかどうか。
まだ十代の彼にそれを求めるのは酷かもしれないが、彼が立たなければ、この国は滅びるだけだ。
「その覚悟はあるのか?」
ラウルがそう尋ねると、ジェイダーはすぐに答えることなく、俯いた。
「……」
王位の重さを知っているからこそ、即答することができないのだろう。
だが、しばらく沈黙した後、ジェイダーは覚悟を決めたように、きっぱりと告げる。
「私にできるかどうかわかりませんが、やらなければならない。それが、王家の血を継いだ私の義務だと思っています」
アーサーでは、この国を滅ぼすだけだ。
それを彼は理解しているようだ。
「……義務、か」
その答えを聞いたラウルは、そう呟くと一瞬だけ、目を閉じた。
(ラウル?)
そのどこか悲しげな表情が、ミラを不安にさせる。
考えてみれば、ミラはラウルのことを何も知らない。
知っているのは、リーダイ王国の出身であることと、国が滅びた経緯だけだ。
いつか、話してくれる日が来るだろうか。ふと、そんなことを思う。
「問題は、エイタス国王の手を借りられるかどうかだな」
先ほどの悲しげな様子は一瞬で消え失せ、ラウルは思案するようにそう言った。複数の聖女と大陸一の軍事力を持つエイタス王国の手を借りることができれば、今の状況でも充分、逆転できるとラウルは考えているようだ。
「今の王太子に手を貸すつもりはまったくないだろうが、彼ならどうだろう」
「……そうね」
そう尋ねられて、ミラは考えてみる。
アーサーとは違い、なるべく多くの人を救おうと懸命に頑張っているジェイダーを、きっと兄は助けてくれると思う。兄もまた、自分の力を限界まで使って、国を守ろうとしているひとりだ。
そしてラウルの言うように、兄の助けを得ることができれば、ジェイダーが王位を狙うことは十分に可能である。
「お兄様はきっと手を貸してくれるわ。私からも頼んでみる」
「……ありがとうございます」
ミラの言葉に、ジェイダーは安堵したようにそう言った。
「兄があなたにしてしまったことを考えれば、ロイダラス王国はエイタス王国に攻め込まれても仕方がないくらいです。それなのに、ご助力いただけることに、心から感謝します」
「いいの。悪いのは、アーサーだけだわ」
追放された当初とは違い、ミラも今では心からそう思っている。
そしてたったひとりで戦おうとしている彼のために、ミラもできるだけ手助けをしようと決意した。
それから二人は教会の内部を片付けて、居場所を確保することにした。
神父の部屋は、もともとジェイダーが使っていた。シスターが暮らしていたらしい部屋には、ミラが。ラウルは、教会の隣にあった作業小屋で過ごすことにしたようだ。
これからは、食料の確保も大切になってくる。
魔物の被害が大きくなるにつれて流通が滞り、入手が難しくなる可能性も高いからだ。
ジェイダーは教会の隣の広場に畑を作り、そこで作物を育てようとしているようだ。
毎日の水やりは、子供達の大切な仕事になるだろう。
ミラの仕事は この町に結界を張って、魔物から守ること。
瓦礫の片付けや建物の修繕などは、今まで通りに子ども達とジェイダーの仕事だ。
ふたりと違って自由に動けるラウルは、町の外に出て情報収集をしたり、外部での食料確保も担ってくれる。
そして今回の子ども達のように、魔物に襲われて居場所がなくなっている立場の弱い者がいたら、ラウルが町に連れ帰ることもあるだろう。




