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ミラの声に答えるように、教会の方から誰かが姿を現した。
どうやら成人男性のようだ。
淡い金色の髪に、青い瞳。
立ち振る舞いも優雅で、貴族階級の人間のようだ。
それなのにラウルもミラも彼をあまり警戒しなかったのは、まだ少年さを残したような、若い男性だったからだ。
きっとミラと同じくらいの年齢だろう。
「旅の方が、こんな場所に何の用でしょうか? 見て通り、ここにはもう何もありません」
彼はそう言うと、悲しげな眼差しで破壊された町を見渡した。
ラウルを見上げ、彼が軽く頷いたので、ミラは詳しい事情を話すことにした。
「実は私達、この近くの山で五人の子どもを保護しました。この町の孤児院で育った子どもだと聞いて、町の様子を見に来たのです」
「……そうだったのですか」
若い貴族の男性は驚いた様子でそう言うと、振り返って教会の方を見た。
「実は私も同じようなものです。この近くで町から逃げ延びた子ども達と会い、ここまで来ました。しばらくは魔物を警戒していたのですが、安全のようなので、町の中に入り、人々の供養をしていたのです」
「他にも生き延びた子どもが?」
「はい。今は教会にいます」
きっとエルド達も喜ぶだろう。
「その子ども達は、森の中ですか? 魔物に遭遇する危険があるのでは……」
「結界が張ってあるので、大丈夫です。魔物はもちろん、人間でも近寄れません」
ミラがそう答えると、貴族の青年は、驚いたようにミラを見つめた。
「結界……。もしかしてあなたは、聖女なのでしょうか?」
「はい。私は、エイタス王国のミラと申します」
名前だけを名乗ると、彼はひどく動揺してミラを見つめた。
「銀色の髪に紫色の瞳。父から伺っていた通りですね。……申し訳ございません。兄が、あなたにひどいことを……」
「兄?」
ミラは何のことかわからずに、困惑してラウルを見上げた。ラウルはそんなミラを庇いながら、その青年を見てぽつりと呟く。
「王太子の、異母弟か」
「え?」
そう言えば旅の途中で、サリア達とアーサーの異母弟の話をしたことを思い出す。
たしか、ロイダラス国王の側妃の息子で、正妃の嫌がらせに体調を崩してしまった側妃は、実家に戻って息子を育てていたと聞いた。
優秀な人物らしく、アーサーではなく彼を王太子に推す声が、次第に強くなっているということも。
よく見れば、金色の髪に、青い瞳はアーサーと同じ。けれど彼よりも線が細く、柔和な顔立ちだ。
「名乗りもせずに、失礼しました。私はロイダラス王国の第二王子、ジェイダーと申します」
彼はそう言って、丁寧に頭を下げた。
「父の要請でわざわざこの国に来てくださったのに、兄があんなことをしてしまい、申し訳ございません」
ジェイダーは、ミラがエイタス王国から派遣された聖女であることを知っていた。そして国王である父が病に倒れる前には、父から何度もミラの話を聞いたようだ。だが国王が意識不明の状態になってしまったあとは、異母兄のアーサーによって、王城に出入りすることさえも禁じられてしまったと、彼は語る。
「それを証明するものは?」
ラウルがそう尋ねると、彼は首に下げていた鎖を服の下から引っ張り出した。その先には指輪があった。
ロイダラス王国の、王家の紋章が入った指輪だ。
彼は間違いなくアーサーの異母弟で、この国の第二王子なのだろう。
「父が倒れたと聞いて急いで駆けつけたのですが、会えませんでした。そのうち、魔物による被害が拡大してしまい、何とかできないかと色々と方法を探ったのですが……」
ロイダラス国王が倒れてしまった今、王太子であるアーサーが国王代理となり、このままだと国王となることが確定してしまった。
そんな彼が嫌っている異母弟の味方をしてしまえば、今度は自分達がアーサーに目を付けられるかもしれない。
そう考えた貴族達は、次々にジェイダーの傍から離れて行った。
「国の大事に、そんなことを言っていられないと思うのですが……」
ジェイダーの母も祖父母も、アーサーの報復を恐れて消極的だった。
そんなときに、町が魔物の襲撃によって壊滅したと聞き、ジェイダーはたまらずにひとりでこの町を訪れた。
第二王子とはいえ、もともと地方で育ったこともあり、それほど苦労はしなかったという。
けれど、そんな彼でも壊滅した町の様子は衝撃的だった。
「そして逃げ延びた子ども達と出逢い、せめて町を再建することができないかと思って、ここに移動してきました」
ジェイダーはこの町に来た経緯を、そう説明した。




