5
ミラは王都から一番近い町に移動すると、そこで侍女に目立たない服装を用意してもらって、着替えをした。
長い白銀の髪もこの国では目立ちすぎるため、魔法で淡いブラウンに変えている。
結界の効果が完全になくなるまで、まだ十日ほどある。
「姫様、これからどうなさるのですか?」
「その呼び方は駄目よ。誰かに聞かれたら大変だわ」
「わかりました。それでしたら、国に帰るまではミラ様と呼ばせていただきます」
「ええ、そうして頂戴」
そう答えたあと、ミラは首を傾げて、これからどうするか考える。
「そうね。旅支度を整えてから、エイタス王国に帰りましょう」
兄にはすぐには連絡せず、しばらくは自分たちだけで旅をして行きたいと思う。そのうちにミラも、少しは冷静になれるだろう。
アーサーの仕打ちも王都の人達の罵倒も忘れることはできないが、それをこのまま兄に訴えたら大変なことになる。
冷静に状況を説明できるようになるまで、時間が必要だ。
それに国外追放を言い渡された身としては、のんびりと祖国からの迎えを待つわけにもいかない。
「でも旅をするにも宿に泊まるのにも、お金が必要よね。宝石のひとつくらい、持ち出すべきだったかしら……」
ここからエイタス王国に帰る道のりのことを思えば、少しは荷物を持ち出してくるべきだったのかもしれない。
でもミラの所持品は、婚約者だったアーサーからの贈り物が多かった。それを考えると、やはり置いてきて正解だったのだろう。
思案するミラに、侍女のひとりが声を掛けた。
「姫……、いえ、ミラ様。実はアイーダ様より、いざというとき使うようにと、金貨を預かっておりました」
「え? お母様から?」
アイーダとは、今や王太后となった母の名である。
「はい。ミラ様のためには国外に出たほうがいいかもしれない。でも少し心配だから、いざとなったらすぐに帰国できるように、とおっしゃっておりました」
私も、息子や娘を過保護すぎると笑えないわね。
母はそう言っていたそうだが、今はそれがとても有難い。
「助かったわ。帰ったらお母様に、お礼を言わなくてはね」
母が持たせてくれた金貨は思っていたよりも多くて、徒歩ではなく馬車で移動することもできそうだ。
「よかった。これで何とかなりそうね」
これで侍女に、旅をするための準備を整えてもらうことにした。
「すぐに出発いたしますか?」
「少し気になることがあるから、それを調べてから出発するわ」
「気になること、でしょうか」
「ええ。新しく見つかった聖女のことよ」
ミラはまず、人の多そうな中心街に宿を借り、侍女達を連れて町に出た。
目的は、町の噂話を聞くことである。
ミラが予想していたように、町の人達は新しい聖女の話ばかりだった。
新しい聖女は、ディアロ伯爵家の令嬢であるマリーノ。
年齢は、ミラと同じ十六歳のようだ。
輝く金色の髪に青い瞳をした、とても美しい女性のようだ。
彼女は間違いなく聖女であると、大神官が認定したらしい。
ミラが一番気になっていること。
それは、ミラと同い年のマリーノがなぜ、今になって聖女の力に目覚めたのかということだ。
もしマリーノが生まれてすぐに聖女だと認定されていたら、ミラがわざわざこの国に来る必要はなかった。
もうひとつ気になるのは、町の人達が、あまりにも新たな聖女に熱狂していることだ。
人々は口々に、この国に聖女が生まれたことを喜び、これでもう神に見放された国などと呼ばせないと意気込んでいる。
中には偽物だと認定されたミラを貶める言葉を放つものもいた。
憤る侍女を、ミラは留めた。
ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
この国の人達は、ミラが思っていたよりもずっと、自国出身の聖女の不在を不安に思い、後ろめたさのようなものを感じてきたようだ。




