49
「僕達は大丈夫です。ここで待っています」
ミラが事情を説明すると、最年長の男の子は仲間を見渡したあと、落ち着いた様子でそう答えた。
彼は十二歳で、名前はエルドと言うらしい。
年齢の割にはしっかりとした口調で、一番年下の男の子と、三人の女の子を守るように立っている。
彼らが住んでいたのは、町の東側にある教会に隣接している孤児院だと言う。そこには十人の子ども達と、世話をしてくれたシスターがひとりいたらしい。あと五人の子どもとそのシスターは、町に残っていたのだろう。おそらく、魔物に殺されてしまったと思われる。
せめてこの子達だけは、守りたかった。
魔物の被害が酷くなってきたこの国では、人々も余裕をなくしている。
病人や老人、そして子どもなど、弱い者が虐げられていることも多くなってきたと聞く。
そんな人達が安全に暮らせる場所を確保するためにも、町の様子を見てこなくてはならない。
「水と食料はたくさんあるし、魔物も人も、この辺りには近付けないようになっているわ。だから安心して。必ず迎えに来るからね」
「……はい」
しっかりと頷いたけれど、どこか心細そうな子ども達の様子を見ると、傍にいた方がよかったのではないかと思う。
でもミラが一緒にいても、子ども達を励ますくらいしかできない。
食事の支度も火を起こすことも、まだひとりでやったことがなかった。
世話をするどころか、かえって子ども達の邪魔になってしまうかもしれない。
(そういうことも、これからきちんと学んで行かないと)
それにミラの旅に同行するようになってから、ラウルには、つらい過去を思い起こさせるようなことばかりさせてしまっている。
何もできないかもしれないけれど、傍にいたい。
そう思って、ここまで来てしまった。
ミラは、町の前に立っている。
目の前には、徹底的に破壊されてしまった門がある。
この先に、見たこともないほど無残な光景が広がっているのかもしれない。ミラは覚悟を決めるように、深く深呼吸した。
「……魔物の気配はないな」
ラウルは周囲を警戒しながらそう言うと、瓦礫の山を越えて町の中に侵入した。充分に安全を確認してから、ミラに手を差し伸べる。
「きゃっ」
彼と同じように瓦礫を乗り越えようとしたが、足を取られて転びそうになってしまう。ラウルは繋いでいた手を引き寄せて、危なげなくミラの身体を支えてくれた。
ありがとう、と言いかけたミラは、変わり果てた町の姿に言葉を失う。
ほとんどの家は破壊され、瓦礫の山になっている。
魔物の力はこれほどまでに強く、圧倒的なのだ。
今までも、兄の戦いに同行したことはあった。
けれど兄はミラをけっして最前線には近付けず、多くの護衛をつけて、遠くから力を使うように命じた。ミラも、その状態でも問題なく魔法を使うことができたので、過酷な戦場は知らないままだ。
この町は突然魔物に襲われ、なす術もなく滅ぼされてしまった。
町中に惨劇の跡が残っているかと思うと、足が竦んでしまう。
「無理はするな」
ラウルは気遣ってくれたが、ミラは首を振る。
聖女として、守れなかった町がどうなってしまうか、きちんと見届けなくてはならない。
だが酷かったのは町の入り口だけで、中に進むと瓦礫は片付けられ、公園だった場所には、いくつもの墓がある。
覚悟していたような無残な光景は、どこにも見られない。
「これは……」
誰かが壊滅した後の町を訪れ、放置されていた遺体を丁寧に葬ってくれたようだ。
「……奥に、人の気配がする」
ラウルは小声でそう言うと、ミラを庇うように前に立つ。
視線を向けると、そこには教会らしき建物があった。その隣が、エルド達が暮らしていたという孤児院だろう。
「教会の方かもしれない」
そっと囁くと、彼は警戒を解かないまま、鋭い視線をそちらに向ける。
沈黙が続いた。
向こうも、こちらを伺っているのかもしれない。
破壊された町を片付け、町の人達を埋葬したのが、教会に隠れている者だとしたら、悪い人ではないように思える。
「ラウル、声をかけてみてもいい?」
暴走しないと約束した通り、先にラウルに声をかけると、彼はしばらく考えたあと、静かに頷いた。
「俺より前には出るな」
「ええ、わかったわ」
ミラはラウルの背後に隠れたまま、教会の奥に向かって声をかけた。
「あの、私達は旅の者です。どなたかいらっしゃいませんか?」




