47 滅びの国Ⅹ
地方から寄せられる魔物被害による報告と、騎士団の派遣要請を、アーサーはすべて黙殺していた。
それどころではない、というのが本音だった。
この国がどうなるのか、今の対応で大きく変わってしまうのだ。些細なことを気にしている場合ではない。
マリーレを偽聖女として投獄したあと、アーサーはすぐに、彼女の義父であるディアロ伯爵も反逆罪で捕らえた。
ディアロ伯爵の私兵は騎士団に組み込まれ、引き続きミラの捜索に当たらせている。
もちろん、彼女を捕らえるのではなく保護するためだ。
そうして厳しい取り調べを受けたディアロ伯爵は、マリーレが兄の娘ではないことを白状した。
彼女は、伯爵家の領地にある孤児院で生まれ育った平民だったのだ。
その孤児院を訪問したひとりの神官から、マリーレに聖女の力があると知らされた伯爵は、自身の出世と名誉のために、彼女を亡くなった兄の娘として養女にすることにした。
貴族の血をまったく引いていない、孤児院育ちの女。
それがわかったとき、少しだけ存在していたマリーレに対する未練は、綺麗に消え去った。
聖女とは名ばかりで、力を使うこともできない。その上、孤児院育ちの平民だったのだ。
もう、義父と一緒に追放処分にしても構わないだろう。
あとは、マリーレを偽聖女としてすべての罪を着せるだけだ。
その準備をしていた最中。
ひとりの女が、神官に付き添われて王城を訪ねてきた。
「お初にお目にかかります、陛下」
そう言って笑みを浮かべたその女は、思わず息を呑むくらい美しかった。
長い黒髪。白い肌に、緑色の瞳。
白いローブを羽織っていた。
その美貌に見惚れながらも、まだ国王ではない、と言葉も返す。
だが、父の容態はかなり悪くなっている。いずれ、正式に国王として即位することになるだろう。
神官の説明によると、彼女は王都を襲おうとしていた魔物を、その聖なる力で打ち倒したのだと言う。
「……聖女か?」
思わずそう問うアーサーに、彼女は控えめに頷いてみせた。
「はい。わたくしはエリアーノと申します。ペーアテル大神殿に向かう途中でしたが、この国で魔物が増えていると耳にしました。何の罪もない人々が苦しんでいるのかと思うと、居ても立っても居られずに……。勝手なことをしてしまい、申し訳ございません」
そう言って恭しく頭を下げた。
ペーアテル大神殿とは、大陸の一番北にある大神殿で、どの国にも属していない聖なる場所である。だが、神殿には多くの神官とシスターがいるが、聖女はいないはずだ。
それでもその力が本物である以上、アーサーがそれを疑うことはなかった。
マリーレとは違う。力を持った本物の聖女。
しかも、ミラには劣るが動作も優雅で美しく、容貌も見惚れるほどだ。
この聖女を手に入れることができれば、わざわざ苦労をしてエイタス王国との関係を修繕しなくとも、何とかなるのではないか。
そんな考えが、アーサーの頭に浮かぶ。
たとえミラに謝罪して婚約し直すことができたとしても、これからずっとエイタス王国の機嫌を伺わなくてはならない。
それでは、属国になったようなものだ。
それを避けるには、何としてもこの聖女を、その力を手に入れなくてはならない。
アーサーはエリアーノと名乗った聖女に感謝を示した。
そして、大袈裟なくらい聖女の力を讃えて、何か望みはないかと聞いてみた。
すると彼女が望んだのは、ほんの僅かの宝石だけ。
しかも彼女個人にではなく、ペーアテル神殿への寄付としてだ。
その無欲な姿に感動していたアーサーだったが、見た目は美しいこの聖女こそが、リーダイ王国を滅ぼしたきっかけとなったことを、彼はまったく知らなかった。




