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でも、とミラは思う。
今の旅にも、不安なことはひとつもない。
「もしお兄様と会えなくても、ラウルがいてくれるなら安心かもしれないわ」
思った通りのことを口にすると、彼は驚いたようにミラを見つめる。
「何を言う。身内のほうが安心だろう」
「ラウルと一緒にいても、安心するわ」
「……エイタス王国の一番下の王妹は、世間知らずで箱入りだという噂は本当だったな。こんな男に、簡単に騙されて」
照れたように横を向く姿が何だかかわいらしく見えて、ミラは思わず笑った。
「もう寝ろ。見張りは俺がやる」
「うん。ありがとう」
ミラは素直に横になった。
明日も歩かなくてはならないことを考えると、しっかりと休んだほうがいい。
もう少し、ふたりで旅をしていたい。
侍女やサリア達も、きっと心配して探し回ってくれているはずだ。
みんなに心配をかけてしまっているのに、そんなことを思ってしまった罪悪感が、胸に残っている。
(お兄様、お姉様、お母様。ごめんなさい……)
そのせいか、それともひさしぶりの野営のせいか。
眠りが浅くて、夜中に何度も目を覚ましてしまった。その度に、ラウルにまだ寝ていろと宥められる。
彼はずっと見張りをするつもりらしい。
結界が張ってあるから、ラウルにも休んでほしい。
あの女魔導師に鍵を壊されたときと同じように、誰も入れない結界だと告げると、ラウルも頷いてくれた。
彼が横になった姿を見て、ミラも安心して目を閉じる。
そうして、翌朝。
騒がしい鳥の鳴き声で目が覚めたミラだったが、起きたときにラウルの姿はなかった。
「ラウル?」
彼がミラを置いて、どこかに行くとは思えない。
ラウルの姿を探して周囲を見渡していると、ふと異質な気配がすることに気が付いた。
(魔物の気配だわ)
しかも、かなり強い魔物のようだ。
その魔物の気配がするのは、ミラが張った結界の外のようだ。
即座に立ち上がり、その方向に駆け出した。
(もしかして、ラウルが……)
ひとりで、戦っているのかもしれない。そう思うと、
魔物の気配を辿りながら、足場の悪い道を必死に走る。
すると、耳障りな魔物の咆哮が聞こえてきた。
咄嗟に耳を塞いだミラだったが、その声が聞こえてきた方向に、探している姿を見つけて、彼の名を呼ぶ。
「ラウル!」
深い森の中に、見上げるほどの大きな洞窟があった。
そこから、巨大な蜥蜴の魔物が顔を出している。
その姿は全身すべて固い鱗に覆われ、人間を遥かに超える大きさだった。
ラウルは大剣を構え、その魔物と対峙していた。
焼け焦げた匂いが広がっている。
炎を吐く魔物なのだろう。周囲は焼け焦げ、ラウルも無傷ではないようだ。
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
ミラは彼の元に走り寄った。
右肩から腕にかけて、衣服が焼け焦げている。剣を片手で持っていることから見ても、魔物にやられたのだろう。
彼が傷を負う前に気が付けなかったことが、悔やまれる。
たとえ傷は癒せても、負った痛みまでは消し去ることはできないのだ。
だが、ミラがその傷を癒そうとすると、ラウルはそれを遮るように言った。
「ミラ、あの子たちを」
「え?」
その視線の先には、五人ほどの小さな子どもが、身を寄せ合って震えていた。
ラウルは魔物からその子ども達を守って、戦っていたのだ。
「わかったわ。任せて」
そう言うと、子ども達の周囲に結界を張って守る。
「これで大丈夫」
「助かった」
ラウルはそう言うと、大剣を構え直す。
「危ないから、下がっていろ」
「私なら大丈夫。瘴気を浄化するわ」
そう言ってラウルの隣に立つと、魔物から溢れ出す瘴気を即座に浄化する。すると巨大な魔物は、たちまち人間と同じくらいのサイズにまで縮んだ。
「ごめんなさい。気が付くのが遅れてしまって」
そう謝罪しながら、ラウルの傷ついた腕にそっと触れる。前に癒した子どもよりも、さらに深い傷のようだ。
(お姉様が言っていたわ。魔物の炎による火傷は、たちが悪いって。表面だけを癒しても、痛みはいつまでも残るのよ)
癒しの魔法が得意なのは、ふたりの姉だった。そんな姉達のようにうまく癒せるかどうか、わからない。
(でもラウルの腕に、そんな痛みは残したくない。お願い、治って……)
そう必死に祈り続けた。




