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こうしてミラは、ラウルとふたりで人々を救うための旅を始めた。
ある町が襲われたときも、すぐに駆けつけて魔物を殲滅した。
町を守るために門の前に集まっていた警備兵は、目の前で魔物が全滅する様子を見て、ただ呆然としていた。
その中には警備兵だけではなく、武器を手にした町の者もいたようだ。
冒険者達がほとんど逃げ出してしまい、王立騎士団さえも町から引き上げてしまったのだ。魔物から町を守るには、自ら戦うしかないと覚悟を決めたのだろう。
それでも魔物は今までとは桁違いに強く、犯罪者から町を守るだけの警備兵や、戦い慣れない町の者では適うはずもなかった。
おそらくこのままだったら、町は壊滅していたかもしれない。
だが、ミラとラウルはたったふたりで、魔物を全滅させたのだ。
この町の代表らしき人が出てきて、ラウルとミラに町を守ってくれた礼を言った。
「ただ俺は、彼女に雇われただけだ」
ラウルはそっけなく、そう言う。
彼のその言葉に、この場にいるすべての視線がミラに集まった。
普通の人間なら萎縮してしまいそうだが、エイタス王国の王妹として、聖女として、見られることには慣れている。
ラウルの助言によって、ブラウンの髪から本来の銀髪に戻っているミラは、柔らかく微笑んでみせた。
美しい銀髪に、宝石のような紫色の瞳。
質素な服を着ていても、生まれ持った気品と美貌は隠せない。
「あなたはいったい……」
町の代表が丁寧な口調で、ミラにそう尋ねる。
「私はエイタス王国の国王リロイドの妹、ミラです」
最初に聖女ではなく、エイタス王国の王族であることを告げる。
これもラウルの提案で、先に権力を示すことによって、ミラの安全を確保するのが目的のようだ。
ただの聖女では、アーサーにミラを売ろうとする者や、その力を独占しようとする者が現れるかもしれない。
ラウルは、それを危惧していた。
そして、そんなミラは王太子アーサーによって偽聖女として追われていることは、たくさんの人達を救い、本物の聖女だと広まるまで伏せておく。
「エイタス王国の……」
彼の予想通り、その効果は抜群で、兄の名を告げただけで彼らの顔に緊張が走る。
そしてエイタス王国の王妹はすべて、聖女であることはこの国でもよく知られているようだ。名乗らずとも、彼らはミラが聖女の力を使って、町を守ってくれたことを理解していた。
こうして魔物を倒していけば、ミラが無事であることも、はぐれてしまった仲間達に伝わるかもしれない。
だが、今はまだ一か所に長く留まることはしない。
それもまた、ラウルの提案だ。
噂を聞いたアーサーが、追手を差し向けるかもしれない。
特定の場所に長居せずに積極的に町を回り、少しでも多くの人を救ったほうがいい。
国が壊滅する様を見てきたラウルの助言に、ミラは素直に従うことにした。
このときも、必死に引き留める町の者たちを振り切り、そのままラウルと旅を続けることにしたのだ。
こうして町を救いながら旅を続けていれば、このロイダラス王国でふたりの顔と名前が知れ渡るのも、そう遠い日のことではないだろう。
美しい銀色の髪をした聖女と、リーダイ王国の生き残りであるラウルの紅い髪と褐色の肌は、かなり目立つ。
アーサーに気が付かれるのが先か。それとも仲間達と合流することができるのが、先になるのか。
どちらにしろ、そうなってしまったら町に寄って宿に泊まることなどできそうにない。だから今のうちにと、今日は別の町の宿でゆっくりと休むことになった。
「わぁ、広い部屋……」
野営や、村で借りた小さな木造の小屋に比べたら、宿屋の部屋はとても広くて綺麗で、感動してしまう。
エイタス王国で大切に守られていた頃からすれば、考えられないようなことだ。兄も姉も、この話を聞いたらとても驚くに違いない。
(今思えばあれも、貴重な体験だったわね……)
野営をして過ごした日々のことを思い出して、ひとり頷く。
嬉しいことにこの宿には、大きな共同浴場がついていた。
今までもお湯を沸かして身体を洗ったり、髪を洗ったりしていたが、湯船にゆっくりと浸かるのは、神殿を追い出されて以来だ。
半端な時間だったせいが、誰もいない浴場を存分に堪能してから、部屋に戻った。
ラウルが借りてくれた部屋は、リビングと寝室がふたつある、かなり大きなものだ。
ミラとしては普通の大きさの一部屋で構わないと思っていた。
けれどあの村の小さな家で過ごしたのは緊急事態だったからだ。普段は未婚の女性と同じ部屋で眠るわけにはいかないと、ラウルが主張したのだ。
言ってしまえば、彼の都合だ。
だから、この宿の宿泊代金は後でまとめて必ず返すが、普通の部屋の代金との差額は、ラウルの負担にしてほしい。そう主張すると、彼はひどく複雑そうな顔をしてミラを見た。
「それは構わないが……。むしろ宿代くらい、俺が払うが……」
ミラがあまりにも世間慣れしてしまっていることに、ラウルは少し衝撃を受けているようだ。




