4 滅びの国Ⅰ
ロイダラス王国に最後の聖女が誕生したのは、今から八十年ほど前のことだ。
歴代の聖女が高位の貴族であったにも関わらず、最後の聖女は孤児院で育ったシスターだった。そのせいで公式に聖女と認定されるまで、十年もかかったと言われている。
当時の国王は、最後まで彼女を聖女として認めることを渋っていたようだ。
それでも認定せずにはいられなかったのは、いつもなら複数いたはずの候補者が、そのときはひとりもいなかったからだ。
こうして正式に聖女として認定されたが、彼女の力は歴代の聖女と比べると、とても弱かった。結界も張れず、瘴気も浄化できず、かろうじて魔物除けの護符を作れるくらい。
彼女が最後の聖女だったことを考えると、血がとても薄くなっていたのかもしれない。
聖女の血は、その娘に受け継がれることがとても多い。
他に聖女になれるような女性がいなかったこともあり、彼女は当時の王弟と結婚することになった。だが、王弟はあまり評判の良い男ではなく、そんな男が孤児だった聖女を大切にするはずがない。
聖女は彼に散々虐げられたようだ。ふたりの間に子どもが産まれることもなかった。
それから聖女が生まれなくなったこともあり、他国からは聖女を大切にしなかった罰なのでは、などと言われてきた。
だからこそ現在の国王は、他国出身で素性もはっきりとしないミラを、聖女の力があるというだけで、王太子の妻にしようと決めたのだろう。
勝手に決められてしまった王太子のアーサーには不満が残ったが、ミラの出自はともかく、見た目は極上だった。
きちんと教育すれば、王妃としてそれほど見苦しいことにはならないだろう。それにミラを王妃にすれば、聖女を虐げたせいで見放された国と言われることもなくなるに違いない。
それにミラは、とても強い力を持っていた。
結界を張ることもできたし、瘴気を浄化することもできた。
彼女が次の聖女を産んでくれたら、この国の王族が聖女となる。そうなれば、魔物の被害が大陸で一番多く、リーダイ王国の二の舞になるのではと言われているこの国も、もう安泰だろう。
だからこそ優しく接したし、労わるような態度も見せた。
だが、予想もしなかったことが起きた。
この国の伯爵令嬢であるマリーレが、聖女の力に目覚めたのだ。
大神官は、間違いなく彼女は聖女だと保証した。
だとすると、問題なのはミラの存在だ。
たとえ美しくとも、他国出身で素性の知れない女よりは、この国の貴族であり、聖女であるマリーレのほうが王妃としてふさわしい。
それに彼女を王妃にして、ロイダラス王国にも聖女が生まれたのだと、各国に示したい。
(そもそも、この婚約を勝手に決めたのは父だ。私ではない)
その父は重い病に伏していて、意識もはっきりとしていない。もしかしたら近いうちに、アーサーはこの国の王として即位しなければならない可能性もある。
もしそうなったとしたら、今の婚約者はミラである。彼女を王妃にしなければならない。
「ミラを、偽物だったと証言しろ」
アーサーは大神官にそう命じた。
「で、殿下。しかし彼女は……」
だが、大神官はそれを拒んだ。
ミラは間違いなく聖女であり、かなりの力を持っている。そんな彼女を偽物だと言うことなどできないと言うのだ。
「できないのであれば、仕方がない。できる者を、大神官とするだけだ」
アーサーは即座に彼を引退させ、自分の命令に従う者を大神官に任命した。大神官となった若い神官はすぐにマリーレを聖女だと認定し、同時にミラを偽物だったと発表した。
あとはアーサーが彼女にそれを突きつけ、王城から追い出すだけである。ミラが反論する可能性もあったが、この国の出身ではない彼女には、後ろ盾がない。いつも傍に付き従っているシスターくらいしか、味方はいないのだ。
結果、ミラはあっさりと王城を出て行った。
婚約破棄を忘れてしまったことに気が付いて慌てて後を追わせたが、書類にも素直に署名したようだ。
あまりにもうまく行き過ぎて、少し怖いくらいだ。
だがこれで、この国は安泰だ。
この時のアーサーは、そう信じて疑わなかった。