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しばらく歩くと、ようやく町が見えてきた。
その町の少し手前に、大量の魔物の死体がある。
すべて、ラウルが倒したものだ。
いくらミラが瘴気を浄化して弱体化させたとはいえ、これだけの魔物を倒してしまうラウルは、やはり凄腕の剣士なのだろう。
「まず、ここの魔物の瘴気を浄化するわ」
ミラは両手を前に掲げて、目を閉じる。
聖なる光が、破壊された町に降り注ぎ、黒い影が蒸発するように消えていく。
魔物の瘴気をすべて浄化すると、傍で見守ってくれたラウルに、もう大丈夫だと告げる。
「……空気が、まったく違うな。これが本物の聖女か。リーダイ王国を破滅させたあの聖女とは、大違いだ」
「破滅……」
ぽつりと呟かれたラウルの言葉は、不穏なものだった。
たしかリーダイ王国には、聖女がいなかったはずだ。
「ああ」
ラウルはどこか遠くを見ているような目で、静かに頷く。
「俺は王都に住んでいなかったから、詳細は知らない。だが魔物が溢れ、討伐が追いつかなくなってきた頃に、ひとりの聖女が王城を訪ねてきたらしい」
その聖女は、各国を回って魔物を浄化していると告げた。
魔物の被害に苦しんでいたリーダイ国王は、喜んで彼女を迎え入れたようだ。彼が以前言っていたように、魔導師も少ない国ならば、その力は大いに役立ったのだろう。
最初はその聖女も、何度か魔物の討伐に同行して、瘴気を浄化したり、結界を張ったりしていた。
彼女は偽物ではなく本物の聖女だったのだ。
だがそのうち彼女は、寄付と称して金品を要求するようになっていく。
聖女の力を存分に見せつけられていた国王は、国を守るために惜しみなく彼女に与えた。富も権威も、国がなくなってしまえば何の意味はないと知っていたからだ。
けれど魔物が増えるにつれ、聖女の要求はどんどん高くなっていく。
そうして、いくら討伐しても魔物が溢れるようになってしまった頃に、聖女は姿を消した。
その頃には、国庫はもう空になっていて、彼女に差し出せるものは何ひとつ残っていなかった。
最初に陥落したのは、王都だった。
聖女の命令で、魔物の死体を町の外にそのまま放置していたからだ。
魔物の死体は腐敗することはないが、瘴気を排出し続けている。リーダイ王国の王都では、瘴気を出し切り、魔物の死体が消滅するまで放置されていたのだ。
それが、さらに魔物を呼び寄せるとも知らずに。
おそらくその聖女は、自分の力の価値を上げるために常に魔物を呼び寄せる必要があった。そのために、わざと魔物の死体を放置させていたのだろう。
「ひどいわ。どうしてそんなことを……」
ミラは憤りを隠さずに、声を震わせる。
唯一無二であるこの力を利用して金品を貢がせ、利用価値がなくなった途端に見捨てるような真似をするなんて、絶対に許せることではない。
その聖女は、力だけは本物だったかもしれない。でも、聖魔法を使えるだけの卑劣な人間だ。
もしその聖女がリーダイ王国を訪れなかったら、この国は苦戦しながらも周囲の助けを得て、まだ存続していた可能性があったのに。
まるで、この国の未来のようだ。
そう思った途端、背筋がぞわりとする。
本当にこの国は、リーダイ王国と同じような運命を辿ってしまうのだろうか。
憤るミラの姿を見て、ラウルがふと顔を綻ばせる。
「この国で、偽聖女が追放されたと聞いた。またあの女が魔物の被害に悩んでいる国に取り入ろうとして、失敗したのかと思っていた。だが、事実はまったく違っていたようだ」
偽聖女は、策略によって追放された本物の聖女だったのだ。
「すまなかったな。俺は、本当の聖女を知らなかったようだ」
謝罪してくれたラウルに、ミラは首を振る。
そんな目に合ったのに、聖女であるミラに変わらず接してくれる。
それだけで、充分だった。




