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「本当に行くのか?」
「ええ。最初に、あの町に戻りたいの」
親切にしてくれた村人に、何度もお礼を言って家を引き払ったあと、ミラは村に魔物除けの結界を張る。
これでしばらくの間は、この村は魔物から守られるだろう。
あらかじめラウルには、あの壊滅した町に戻りたいと伝えていた。
「今はもう、誰もいないと思うが」
もし生き延びた人がいたとしても、もう逃げだすか救助されているだろうとラウルは言う。
でも、ミラの目的は生存者を探すことではなかった。
「倒した魔物が、そのまま放置されていると思うの。そこから出る瘴気を浄化しないと、また魔物を呼び寄せてしまうわ」
「魔物を、呼び寄せる?」
不思議そうなラウルの声に、こくりと頷く。
「ええ。エイタス王国では、魔物の研究にかなり力を注いているの。その研究の結果、わかったことがたくさんあるの」
エイタス王国には複数の聖女がいるため、余裕をもって倒すことができる。そのため、その生態を研究する余裕も出てきたのだ。
魔物の死体は腐らず、時間が経過して消滅するか、燃やして浄化するまではそのまま存在する。それをそのまま放置しておくと、魔物除けになる。
一時期、各国でそう言われていたが、それは逆効果だった。
「魔物の瘴気が、さらに魔物を呼び寄せている。そして瘴気があまりにも濃くなると、そこからさらに魔物が生まれてしまう危険性もあった。……お兄様なら、もっと詳しいかもしれないわ」
「そういうことだったのか」
ミラの話を聞いたラウルが、思い詰めたような顔をして、そう呟く。
「何か、あったの?」
思わず尋ねると、彼は複雑そうに言った。
「リーダイ王国の王都でも、魔物の死体を集めて町の近くに放置していたようだ。それを聞くと、それが魔物をさらに呼び寄せてしまったのか」
「ええ、おそらくは」
ラウルの心中を思って、ミラは俯いた。
(そんなことがあったなんて……)
今のロイダラス王国の状態は、滅亡してしまったラウルの祖国、リーダイ王国とよく似ているのかもしれない。
この国の人達を救いたい。
その想いは今も変わらない。でも、その旅にラウルを同行させるのは、とても残酷なことではないか。
「ご……」
謝罪しようとした。
「あれだけの魔物の瘴気を浄化するのは、大変そうだな。身体に負担はかからないのか?」
でもそんな彼の心配は、回復したばかりのミラの身体のことだった。
「う、うん。浄化するだけなら、大丈夫」
動揺してしまい、思わず口ごもる。
「魔力もそんなに使わないし、私は瘴気を浄化するのが得意なの」
「離れた場所からでも使えるのか?」
「うん。町が見えるところまで近付けば、大丈夫だと思うわ」
そう言うと、ラウルは安心したように頷いた。
「そうか。だったらすぐに向かおう」
ふたりで、町に向かう街道を歩く。
馬車も通れるほどの大きな道なのに、周囲には誰もいない。
あのとき逃げて行った冒険者達によって、町の壊滅は伝わったのかもしれない。だが、その後にミラとラウルによって魔物が討伐されたことは、誰も知らないのだろう。
だから、魔物を恐れて誰も近寄らないようだ。
「あのときは、ごめんなさい」
ミラは当初のことを思い出して、そう謝罪する。
「ひとりで勝手に行動してしまって……」
助けを求める声に反応して、ひとりで動いてしまった。そのせいで、ラウルも巻き込んでしまったのだ。
「あれは仕方がない。町の近くで騒いでいたら、いずれ魔物に気付かれていた」
故郷の町を心配して、駆け寄ったひとりの冒険者。
彼を止められなかった時点で、いずれ魔物達は彼らに、そして街道にいた冒険者達に気が付いただろう。
「だが、今後もそうだとは限らない。ひとりで暴走するなよ」
「……はい」
ミラは素直に頷いた。
 




