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「王太子に追放され、汚名と冤罪まで着せられて、それでもこの国のために力を使うのか?」
ラウルの言葉に、ミラはゆっくりと首を振る。
「いいえ、この国のためではないわ。自分では選べずにこの国に生まれてしまった人々のためよ」
たしかに町の人達の中には、ミラを偽聖女として罵る者もいた。
でも、王太子であるアーサーがそう発表したのだ。彼らには、真実を知る術はなかった。
それに、見ず知らずの自分達を受け入れてくれたこの村の人達といい、親切な人もたくさんいた。
魔物に襲われて、子ども達だけが残された村もあった。
壊滅させられたあの町も、もう少し早ければ救えたかもしれない。
「この国の今の状況は、上層部の責任よ。彼らの責任ではないわ。すべての人を救うことができるなんて、私だって思っていない。でも、ここで人々を見捨てて自分だけ安全な国に帰るようなことがあれば、私はもう二度と、聖女だと名乗ることはできないわ」
最初はミラも、この国の新しい聖女に遠慮して力を使わなかった。
ミラの魔法が、まだ力をうまく使えない新しい聖女の邪魔をしてしまうかもしれないと。
だが、これほどの被害が出ても、彼女は動こうとしていない。あれから一度も、聖魔法を使った痕跡すらないのだ。
新しい聖女は、ミラが思っていたよりもずっと、力が弱いのか。
それとも、彼女は偽物で聖女ですらないのか。
どちらにしろ、力を使わず、人々を救うこともない聖女に、もう遠慮する必要はない。
偽善かもしれない。自己満足に過ぎないのかもしれない。
でも、ミラはそうすると決めたのだ。
「……これが、本物の聖女か」
緊張して彼の返答を待つミラに、ラウルがぽつりとそう呟いたのが聞こえた。
(え?)
その意味を問おうとするよりも早く、ラウルはわかった、と頷いた。
「予定変更だな。そもそも、本物の聖女であるお前が、逃げ回る必要なんてないだろう」
まっすぐに前を見据えたまま、どこか挑戦的な口調で、ラウルは言った。
「お前の力は本物だ。魔物の瘴気を浄化する様を見れば、誰にだってそれがわかる。アーサーという男に、この国の人間に、本物の聖女がどういうものなのか、はっきりと示してやれ」
「……っ」
心の中を見透かされた気がして、ミラは思わず息を呑む。
聖女というものは、特別な人間ではない。
聖魔法を使えるというだけの、普通の魔導師である。
だからミラは、聖女である母に、自分は特別な存在だと思い上がらないようにと教えられてきた。
そしてこの力は、人を助けるためにあるのだとも。
そんな母の教え通りに、自分が特別な存在だと思ったこと一度もない。
でもミラは、聖女であることに誇りを持っていた。
自ら剣を持って戦い、国を守ってきた兄を、この力で支えることができる。自分を愛してくれた人達を、守ることもできる。
そしてこのロイダラス王国に嫁いだら、全力でこの国と国民を守ろうと誓い、そのために努力もしてきた。
それをすべて否定され、偽聖女だと貶められて、悔しかった。
その心の傷は、エイダス王国に帰り、たとえ兄が報復してくれたとしても、けっして癒されることはなかっただろう。
この手で、この力を以って、名誉を取り戻す。
魔物から町を救い、人々を救い、本物の聖女はここにいるのだと示すことができる。
「それができるのなら……」
でも、ミラは人間相手には無力だ。
屈強な兵士たちに取り押さえられてしまえば、もうなす術はない。
侍女達も護衛として雇っていたサリア達も、ミラの身の安全を最優先としていた。
だからずっと、逃げることしかできなかったのだ。
「俺がお前の剣になる」
そんなミラの気持ちを見透かしたように、ラウルが言った。
「もう人が死ぬのは見たくないのは、俺も同じだ。もう二度と、国が滅ぶ様子も見たくない」
祖国を失ったラウルの言葉は、ミラの心にも突き刺さる。
「ええ、そうね」
ミラは頷き、ラウルの隣に立って、彼と同じようにまっすぐに前を見る。
人が死ぬのは見たくない。
それが、ラウルがミラに協力してくれる理由ならば、やはり彼はとても優しい人だ。
(きっと私の方が、冷たいのかもしれない)
町の人達のために力を使うことになっても、アーサーだけは、許す気持ちになれない。
国は滅びなくとも、この国の王家は滅びるかもしれない。
そんなことを思っているのだから。




