36
それから何度も目覚めては、ラウルに宥められてまた眠りについた。
どのくらい、そうして眠っていたのだろう。
ようやく頭痛が消え、起き上がることができるようになった。
「顔色が良くなったな」
食事を運んできてくれたラウルが、ミラの頬にそっと触れて、安堵したように言う。
「気分は?」
「悪くないわ。色々とありがとう」
運んできてくれた食事も、食べやすくて消化の良さそうなものばかりだ。
ここはミラが予想していたように、あのときラウルが言っていた森の奥にある村のようだ。宿屋などないくらい小さな村なので、ミラを介抱するために開いていた小さな家を借り、そこでふたりで過ごしている。
村の周辺に出没する魔物を退治したり、力仕事をしてくれるラウルは、かなり重宝されているようだ。それでも一日に三度、ミラに食事を運んできてくれて、体調はどうかと気遣ってくれる。
ミラのベッドのすぐ傍にある窓から、小鳥の巣があるのが見える。ベッドから動けないミラは、ずっとその雛鳥の成長を見守っていた。何度も餌を運ぶ親鳥と、何度も様子を見に来てくれるラウルの姿が重なって見えて、自分はそこにいる雛鳥のようだと思う。
最初は少し怖そうだと思っていたラウルだったが、面倒見が良くて、とても優しい。彼に助けられて、本当に幸運だったと思う。
目が覚めてから十日ほど経過して、ようやくラウルから動いてもいいと許可を得ることができた。
(もう、お兄様と同じくらい、過保護なんだから……)
兄に対しては、ときどきどうして自分の気持ちをわかってくれないのかと、もどかしさや悲しさを覚えることもあった。
もちろん兄もミラを大切に思ってくれているからこそ、そうするのだとわかっている。でもミラにだって、家族や国を大切に思う気持ちがある。それをわかって欲しかった
それに対して、ラウルに過保護にされると、何だか恥ずかしいような、嬉しいような、何とも言えない感情になってしまうことがある。
今も、ミラが本当に無理をしていないか、注意深く見つめているラウルの視線が恥ずかしくて、視線を反らしてしまう。
「もう旅をしても大丈夫よ」
「……そうか。なら、これからどうするか、話し合うか」
ラウルは頷くと、長椅子に座ってミラを見つめた。
「これから?」
「ああ。当初の予定通りに、このままエイタス王国を目指して旅を続けるか?」
「……それは」
すぐに答えることができなくて、ミラは俯いた。
ここで療養している間、ずっと思っていたことがある。ラウルにも打ち明けようと思っていたけれど、なかなか言えなかった。
でも、告げるのは今しかない。そう覚悟を決める。
「私は、エイタス王国の第三王女、ミラ」
今こそ、偽りの姿ではなく本当の姿で、彼に自分が誰なのか伝えなければ。
ミラの茶色の髪が、銀色に光り輝く。
紫色の瞳が、まっすぐにラウルを見つめた。
「ロイダラス王国の王太子アーサーに陥れられ、偽聖女として追われることになってしまいましたが、間違いなく聖女です」
ラウルはさすがに驚いたようで、立ち上がってミラを見つめる。
「エイタスの、王女? あの、王女が全員、聖女だという……」
「はい。私のふたりの姉も、母も聖女です。今まで黙っていてごめんなさい」
そう言って、頭を下げる。
「私はもうこの国の聖女ではないけれど、救える力があるのに、目の前で消えそうな命を放っておくことはできないわ。だから、この国に残ろうと思います」
それが、ミラの出した答えだった。




