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窓から見えるのは、生い茂った木の葉だ。
その木の大きさから考えると、ここはラウルが言っていた、森の中にある村なのだろう。
見上げる空は思っていたよりもずっと近く、小鳥の囀りが聞こえてきた。
(……ラウルは?)
ベッドの上で目が覚めたミラは、視線を左右に動かした。
体力の限界まで、魔法を使ってしまったようだ。
魔力にはまだ余力がある。それなのに、体力が持たずに使い切れなかったのが悔しい。ラウルの傷も、おそらく癒しきれていなかったはずだ。
彼の姿を探して、ミラはゆっくりと身体を起こす。
頭痛が酷くて、眩暈がした。
木造の小さな家で、部屋もそう広くはない。そんな部屋の片隅に長椅子が置いてあり、彼はそこで眠っていた。
ミラよりも遥かに背の高いラウルが、広いベッドにミラを寝かせて、自分はこんなに狭いところで眠っていたのだろう。
(本当に、優しい人……)
その身体にはいくつかの傷が残っている。
やはり癒しきれていなかったようだ。
もっと早く聖女であることを打ち明けていれば、彼が傷つくこともなかった。
「ごめんなさい」
ぽつりと呟いて、彼の傷を癒そうとした。
「駄目だ」
でもそれは、いつのまにか目が覚めていたらしいラウルに止められてしまう。
「ラウル? でも……」
「まだ起き上がるな。体力が回復していない。魔法を使うのも、当分禁止だ」
そう言うと、彼はミラをやすやすと抱き上げて、ベッドの上に運んでしまう。
「待って、せめてあなたの怪我だけでも」
「必要ない。これくらい、放って置けばそのうち治る」
「でも……」
もしかして、ラウルは自分に癒してもらうのが嫌なのではないか。
聖女だと黙っていたことを、怒っているのではないか。
そう思うと、涙が滲みそうになる。
たとえ小さな傷でも、それによって動きがいつもと異なる。
過酷な戦場では、それが命取りになってしまうことがあるのだと、兄がよく言っていた。だから、ふたりの姉もミラも、兄が僅かでも傷を負うと、すぐに癒すようにしていた。
これくらいなら大丈夫だと兄は笑っていたが、国や家族を守るために、常に最前線で戦う兄のためだ。できることがあれば、何でもしたいと思っていた。
ラウルだって、瘴気の浄化によって弱体化していたとはいえ、あれだけの魔物を倒したのだ。ミラよりも頑丈とはいえ、体力もかなり消耗しただろう。せめて、身体だけは万全にしていてほしい。
「私の魔法が嫌だったら、他の人に……」
震える声でそう言うと、ラウルは驚いたようにミラを見た。
「どうしてそんなことを思った?」
「だって、私は聖女だから。それなのに、ずっとそのことを黙っていたわ。だから、怒っているのかと思って」
ミラの言葉を遮るように、ラウルは手を伸ばしてその髪を撫でる。
「……ラウル?」
その手つきはとても優しくて、それだけで彼が怒っているわけではないとわかるくらいだ。
「悪かったな。俺が最初にあんなことを言ったせいで、言い出しにくかったんだろう?」
当然、その言葉も、ミラを拒絶するものではなかった。
今度こそ涙を堪えることができなくて、ミラは俯いた。でも先ほどと違い、これは安堵の涙だ。
「わたしのほうこそ、ずっと黙っていてごめんなさい。ちゃんと言わなくてはと何度も思ったのに、あなたに嫌われてしまうのが怖くて……」
ここで泣いてもラウルを困らせるだけだとわかっているのに、なかなか止まらない。
「……本当に、ごめんなさい」
「気にするな。今はゆっくりと休め」
「でも、ラウルの怪我を……」
怒っていないのなら、癒させてほしい。そう訴えると、ラウルは困ったように笑う。
「俺の祖国では聖女はもちろん、治癒魔導師もほとんどいなかった。だから、このくらいの怪我なら自然治癒に任せるのが普通だった。それに、今の状態で魔法を使うのは、お前の身体の回復を遅らせてしまう」
リーダイ王国は魔導師そのものが少なかったと、ラウルは言った。
「体力が回復すれば、遠慮なく癒してもらう。だから、もう少し寝ろ」
「……うん」
ラウルの言葉に、ミラはおとなしく目を閉じた。
彼の言うように、体力はまだ回復していなかったのだろう。安心した途端に、また頭痛が酷くなる。本当に、少し眠ったほうがよさそうだ。
次に目が覚めたら、絶対にラウルの傷を治療させてもらおう。そう思いながら、眠りに落ちていく。




