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かなりひどい怪我をしていたが、ミラの力ならば問題なく癒せるだろう。
ミラは目を閉じて、回復魔法を使う。
たちまち傷は癒え、彼らは呆然と立ち尽くした。
「……これは、いったい……」
「動けるようになったらさっと逃げろ!」
小型ドラゴンの攻撃を大剣で防ぎながら、ラウルが叫ぶ。
「これ一匹ならどうにかなるが、群れが来たら終わりだ」
その言葉にはっとして、ミラは空を見上げた。
あの町の上空には、今ラウルが戦っている魔物と同じ種類の魔物が、まだ十匹近くもいる。あれがすべてこちらに向かってきたら、大変なことになるだろう。
呆然と空を上げた冒険者達は、悲鳴を上げながら逃げていく。
だがその悲鳴が、魔物を刺激してしまった。
「チッ」
悲鳴に反応したドラゴンが、さらに二、三匹、こちらに向かってきた。ラウルは舌打ちすると大剣を構え直し、ミラに叫ぶ。
「お前も早く逃げろ!」
「でも……」
聖女の力で瘴気を浄化すれば、魔物はかなり弱体化する。ラウルなら、数匹くらいなら楽に倒せるだろう。
でも力を使えば、ラウルに聖女であることを知られてしまう。
それを黙っていたことに怒って、もう一緒に旅をしてくれないかもしれない。
(……どうしよう)
ミラが助けた冒険者達は皆、逃げてしまってこの場にいない。もし聖女の力を使っても、知るのはラウルだけだ。
それなのに、動けなかった。
ひとりになった困るということ以上に、ラウルに嫌われたくないと思っている自分に気が付いて、呆然としてしまう。
(どうして、私は……)
「ミラ、危ない!」
庇うように抱き締められて、はっとする。
今は戦闘中で、魔物が次々に迫っている状況なのに。
(こんなときに、考えごとをしてしまうなんて)
謝ろうとして顔を上げる。するとミラを庇ったラウルの肩が、魔物の攻撃によって傷ついているのが見えた。
「ラウル、怪我を……」
「魔物の爪が引っ掛かっただけだ。気にするな。戦っていれば、これくらいよくあることだ」
そう言うと彼は、傷ついた腕で大剣を構える。
「いいから早く逃げろ。街道から左側にある森の奥に、小さな村がある。そこに迎え」
ラウルはそう言うと、もう振り返ることなく魔物に向かって行く。
(私のせいで……)
ミラは一度だけ目を瞑って、覚悟を決める。
迷いを捨て去って、ラウルの後に続いた。まずは治癒魔法で、ラウルの傷を完璧に癒す。
「お前……」
「瘴気を浄化するわ。魔物は弱体化するから、きっと倒せるはず」
「わかった」
ラウルが驚きを見せたのは、ほんの一瞬だけだった。すぐに戦闘態勢に戻る。ミラの聖魔法によってドラゴンは弱体化し、ただのトカゲ型の魔物になった。ラウルは間髪入れずにすべて切り捨てる。
だが。
最後の一匹を倒した瞬間、町の方から凄まじい声が聞こえてきた。
魔物の叫び声だ。
ラウルは剣を構えたまま、ミラを庇う。
「今のは……」
「戦闘が長引いたせいで、気付かれた。町を襲っていた魔物が、こっちに向かってくるぞ」
その数は、十や二十ではない。
だが迷っている暇も、逃げる暇もなかった。
ミラは次々とこちらに向かってきた魔物に対して、魔法を使う。そうして、弱体化した魔物をラウルが倒していく。
魔物の群れは次々と押し寄せ、息をつく暇もない。
徐々に魔物の数は減ってきたが、ラウルも手傷を負うことが多くなってきた。ミラはすぐに傷ついたラウルを癒そうとしたが、彼はそれを拒絶する。
「俺のことは構うな。魔物に集中しろ!」
「でも……」
「お前の魔力にはまだ余裕があったとしても、体力が持たない。魔物の殲滅が優先だ。また来るぞ!」
押し寄せる魔物の瘴気を、浄化し続ける。
どれくらいの時間が経過しているのか、もうわからなかった。
やがて返り血と傷からの出血で血塗れになったラウルが、最後の魔物を切り捨てる。それを見届けた瞬間、意識が遠のいた。
「……よく頑張ったな」
地面に倒れる瞬間に抱き止められ、労わるような優しい言葉が聞こえてきた。
「少し、休んでもいい?」
「ああ。あとは任せろ」
ミラはゆっくりと目を閉じて、ラウルに身を委ねた。
そっと抱き上げられる気配がする。そのままミラの意識は薄れていった。




