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それからの旅は大きな混乱もなく、順調だった。
たまに町に立ち寄ることもあったが、兵士に見つかることもなく、無事に通り過ぎることができた。
このままなら、何事もなくエイタス王国に帰ることができるかもしれない。順調な旅に、ミラが楽観視し始めていたときに、その事件は起こった。
「おい、この先の町が魔物に襲われているらしいぞ」
周囲の冒険者がそう話しているのを聞いて、ミラは思わず立ち止まった。見渡せば、他の旅人も皆、足を止めて不安そうに前方を見つめている。
「そんな。あの町には家族が!」
ひとりの冒険者らしき青年が、悲鳴のような声でそう言うと、町に向かって走り出した。危ないぞ、と制止する者もいたが、青年は止まらない。彼の仲間らしき複数の男達は、しばらく戸惑っていたが、彼の後に続いて走っていった。
「この先が通れないとなると、かなり遠回りになるな」
ラウルの声は、とても冷静だった。
「町の様子は、大丈夫なのかしら?」
思わずそう尋ねると、彼はどうだろうな、とそっけなく言う。
「もう少し行けば、見えてくると思うが」
冷静なのはラウルだけではなかった。
周囲の人達も、これからの進路について話し合っている。動揺していたのは、故郷を襲われたあの青年だけ。
ラウルも含め、町を渡り歩く彼らにとって、町が襲われることさえ、そう珍しくもない日常になってしまったのだ。
ほんの少し前まで、ロイダラス王国は平穏だった。ミラは聖女として視察に出たこともあるが、魔物は人のいない郊外に出るだけだった。
(まさか、こんなに変わってしまうなんて……)
これは、王都にいる新しい聖女のせいだけではないのだろう。魔物の勢いは、以前よりもかなり増している。このままでは間違いなく、ロイダラス王国は魔物によって壊滅してしまうだろう。
(……どうしよう)
ミラは両手をきつく握りしめて、町がある方向を見つめる。
自分なら、救うことができるのか。
それとも、ミラがそう思っているだけで、魔物の勢いはもう止められないのか。
そのとき、町の方向から断末魔のような悲鳴が聞こえてきた。
街道で立ち止まっていた者達にも、緊張が走る。
「助けてくれ!」
先ほど町に向かって行った、彼らの声だ。
ミラは咄嗟に、その方向に向かって走り出した。
「おい、待て!」
ラウルが手を伸ばしてミラを捕まえようとしたが、それよりも早く、ミラは声の方向に全力で駆けていく。
少し坂になっている道を駆け上がると、遠くに町の様子が見えた。
その光景は、あまりにも衝撃的なものだった。
「……町が」
ほんの少し前まで人々が平穏に暮らしていた町は、壊滅状態になっていた。城壁には大きな穴がいくつも空いていて、そこから狼型の魔物が入り込んでいる。大きな城門は人型の大型魔物によって壊されて、もう跡形もない。そして、あちこちから上がっている炎は、上空を飛び回っている小型のドラゴンの攻撃によるものだろう。
「助けて……」
ふと、か細い女性の声が聞こえてきて、我に返った。
見れば、先ほど駆け出していった青年とその仲間達が、町の上空を飛んでいた小型のドラゴンと同じような魔物によって攻撃されている。
五人ほどいたようだが、全員が血塗れで、自力では動けないようだ。
「傷を……」
彼らの傷を癒さなくては。
そう思って動いたミラに、彼らを襲っていた魔物が、気が付いた。
「!」
とっさに結界を張ろうとしたが、間に合わない。
「ミラ!」
衝撃を覚悟して目を閉じた途端、誰かに強く抱き締められた。
「ひとりで勝手に暴走するな! 死ぬ気か」
ラウルはミラを片手に抱いたまま魔物の攻撃を躱すと、その前に立ち、大剣を片手で構えた。
「治療したいなら、今のうちにさっさとしろ」
「……ごめんなさい」
彼が来てくれなかったら、死んでいたかもしれない。
祖国では魔物と戦う兄の戦闘にも同行したことはあるが、聖女であるミラは、いつも後方で魔法を使っているだけだった。
この国に来てからも、逃亡生活の中でも、魔物の攻撃が届かない安全な場所で、その力を駆使しているだけだ。
とっさに自分の身を守れなければ、前に出るべきではない。それは、ラウルの身も危険に晒してしまう行為だと痛感した。
ごめんなさい、ともう一度呟いてから、ミラは倒れている冒険者達に近寄った。




