30
そして、翌朝。
「んっ……」
ミラは目を覚ますと、横たわったまま手足を伸ばす。
カーテンの隙間から見える太陽は、随分高い位置にある。少なくとも、昼近くなのはたしかだ。
「ちょっと、寝過ごしてしまったかしら……」
ゆっくりと起き上がり、カーテンの隙間から窓の外を見つめる。すでに多くの人が、忙しそうに歩き回っていた。
こんなにゆっくりと休んだのは、神殿を追い出されてから初めてのことかもしれない。信頼できる仲間が守ってくれていたとはいえ、野営ではぐっすりと眠ることは難しい。誰もいない隔離された空間を作ってくれたラウルに、今では感謝していた。
(ああ、でも彼は立て替えてくれているだけなのよね。一泊いくらなのかしら……)
考えてみれば、働いてお金を得たこともないが、自分で買い物をしたこともない。この宿一泊の値段が、どれほどの労働となるのだろう。
(私は本当に、世間知らずだわ)
こんな状態で、よく自分で支払うなどと言えたものだ。我ながら呆れてしまうが、知らないならこれから学べばいいと思い直す。
ラウルが言っていた、疲れているときは余計なことを考えてしまうというのは、真実だった。
「うん、頑張ろう」
声に出してそう言うと、ベッド際に置いておいた水を飲み、ラウルが渡してくれたパンと果物で朝食にすることにした。
それからゆっくりと身支度を整えて、ラウルを待つ。
しばらく町の様子などを興味深く見つめていると、慌ただしく扉が叩かれた。
「おい、大丈夫か?」
「ラウル?」
「ああ、俺だ」
声は間違いなくラウルのものだ。すぐに扉を開けようとしたが、用心したほうがいいと思い直す。
「入って。ラウルなら、問題なく入れるはずだから」
「……」
戸惑ったような気配を感じたが、そのうちゆっくりと扉が開かれて、ラウルが姿を現した。
「ごめんなさい、寝過ごしてしまったみたい」
起きるのが遅くなってしまったことを詫びると、ラウルはやや警戒したような面持ちで、ミラを見つめる。
「無事、のようだな」
「ええ。何かあったの?」
確かめるような口調に、首を傾げる。
「ああ。部屋の鍵が壊されていた。それに気付いた宿の者が、お前の無事を確認しようとしたが、扉は開いているのに何には入れなかったそうだ」
鍵の壊れた扉は開いたのに、中の様子はまったく見えず、入ることもできない。困り果てた宿の者はラウルに連絡をして、それを聞いた彼は慌てて駆けつけてくれたようだ。
「そうだったの。ごめんなさい」
事情を知り、ミラは謝罪する。
「結界を張っていたから、そのせいね。まさか、鍵が壊されてしまうなんて」
咄嗟の判断だったが、結界を張っておいて本当によかった。
自分の危機管理能力もなかなかのものだと思っていると、ラウルは訝しげにミラを見つめていた。
何かおかしなことを言ってしまっただろうかと、首を傾げる。
「どうしたの?」
「部屋に、結界を張っていたのか?」
「ええ。一応、用心のために」
頷くと、ラウルは考え込むような顔をした。
「俺だけが入れたのは?」
「そう設定したからよ」
「つまり、俺だけが入れるように設定して、結界を張った。そういうことか?」
ミラはこくりと頷いた。
ラウルは呆れたような視線で、そんなミラを見つめる。
「そんな結界を、寝ながらあっさりと張るとは。お前、何者だ?」




