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こうしてミラ達は、追い立てられるようにして王都を出ることになった。
王都に張られていたミラの結界はすでに消滅しているし、魔物の瘴気を浄化する魔法も解除している。
予想では、彼らが今まで通り平穏に過ごせるのは残り十日ほどしかない。その間に新しい聖女が王都に結界を張り、瘴気を浄化する魔法が使えるようになれば、問題はない。
(まぁ、無理でしょうね……)
ミラは思わず溜息をつく。
聖女の魔法は、代々伝わるものだ。
今まで何十年も聖女が誕生しなかったこの国に、その方法が残されているとは思えない。
しかも、長い間聖女がいなかった国に、ひさしぶりに生まれた聖女の力は、とても弱いと言われている。
あの王太子とこの国の人間は、うまく力を使えないその人を、この国の聖女として受け入れるのだろうか。
「何だか気の毒になってきたわ」
「姫様?」
不思議そうに首を傾げるシスターに、ミラは複雑そうな笑みを浮かべる。
「この国の聖女よ。これからのプレッシャーと圧力に、負けなければいいのだけど」
思えばこの国の人々も、憐れなのかもしれない。
長い間聖女が不在だったせいで、その存在に憧れ、絶対的な力でこの国を守ってくれると夢想してきた。
だが実際に聖女など、聖魔法が使える魔導師でしかない。
(少なくとも、私の国ではそうだわ)
しかも血脈に受け継がれやすいようで、ミラの母である前王妃も、ふたりの姉も聖女である。
エイタス王国には聖女が四人もいたからこそ、この国の王の要請に応じて、ミラが出向することになったのだ。
「ですが、姫様に無礼を働いたことは許せません」
だがお付きのシスター達は、憤りを隠さずにそう言った。
装いはシスターだが、彼女達は兄が付けてくれた護衛であり、ミラの侍女なのだ。主であるミラが目の前で突き飛ばされたのだから、その怒りはもっともかもしれない。
「そうね。でも、このままだとこの国は、滅びるしかないわ」
ミラは、美しい顔に少しだけ憂いを含ませて、そう呟いた。
まっすぐな美しい白銀の髪に、紫水晶のような透明な瞳。
白い肌に純白の衣をまとったミラは、まさに天使のように見える。
だがその唇から発せられたのは、ひどく残酷な予言だ。
魔物の勢いは日に日に増していて、聖女がいる国でさえ、被害が大きくなっている。
十年ほど前には、南方にあるリーダイ王国という国が魔物によって滅ぼされた。王家の人間はひとり残らず死に絶え、多くの国民が難民となって、世界中に散らばった。
まだ半人前の聖女しかいないこの国も、リーダイ王国と同じ運命を辿る可能性が高い。
それに加えて、ミラの受けた仕打ちを知れば、兄は激怒するだろう。
大陸最強の軍事力を誇るエイタス王国も、二度とこの国に力を貸すことはない。
「姫様?」
考え込んでしまったミラを心配して、侍女達が声を掛ける。
「国がひとつ滅びたら、大陸中に影響が出てしまうわ。エイタス王国だって、無傷ではいられないかもしれない」
「姫様のおっしゃる通りですが、リロイド様が、この国を許すはずがございません」
「……それなのよね」
何せ、兄には王太子との婚約を報告したばかりである。
それなのに今度は、婚約破棄と偽聖女として追放されたことを報告しなければならないのだ。
「リロイド様だけではありません。リーア様も、キリー様も、ミラ様の受けた仕打ちをけっして許さないでしょう」
ふたりの姉の名前を出され、ミラは曖昧に笑うしかなかった。
エイタス王国の第三王女ミラが、国王である兄とふたりの姉にとても可愛がられていることは、エイタス王国に住む者なら誰でも知っている。
過保護な兄と姉がいては結婚相手を探すにも苦労するだろうと、わざわざ母が国外に出してくれたというのに、この有様だ。
「とにかくもう少しだけ、この国に滞在するわ。目立たない服を用意して頂戴。あなた達も、もうシスターの恰好をしなくていいのよ」
「はい。承知いたしました」
この国の聖女の様子も、少し気になる。
ミラは侍女にそう指示を出して、自分が追放されたあとの動向を、少し探ることにした。