27
「ごめんなさい。ちゃんと、自分の分の代金はお返ししますから。あの、お礼も……」
「気にしなくてもいい。別に見返りを求めて助けたわけではない」
「でも……」
ここで助けてもらうだけでは、甘えてはいけないという決心が無駄になってしまう。それに、侍女達と合流してからただお金を払うだけでは、絶体絶命の状況で助けてくれたことに対するお礼には、ならない気がする。
ミラは必死に考えて、こう答えを出した。
「自分で働いて、お礼を払います」
「……お前が?」
予想外の答えだったらしく、先を歩いていたラウルの足が止まる。
名乗らなくても、ミラが裕福な階級の人間だとわかっているようだ。
そんなミラが、わざわざ自分で働くと言った理由が理解できないようで、訝しげにミラを見つめる。
「なぜ、そこまでする?」
「こうしてひとりになってみて、自分がどれだけ周囲の人達に助けられていたのか、わかったの」
聞いてくれそうな様子だったので、ミラは自分が思ったことを、彼に話した。
「それでは駄目だと思ったわ。助けられることを、当たり前だと思ってはいけない。だから、あなたにお礼をするのも、自分の力で何とかしなくてはと思って」
「それだと、俺もエイタス王国に行くことになるな?」
「あ……」
彼の言うように、お礼をするためには彼にもエイタス王国に来てもらわなくてはならない。
そのことに気が付いて、狼狽える。
「そ、そうですね……。それでは、駄目でしょうか?」
伺うように彼を見上げると、ラウルはふっと笑みを見せる。
「構わないさ。さっきも言ったように、目的のある旅じゃない。きっちりとお礼を払ってもらうまで、ちゃんと守ってやるよ」
さっきよりも、こちらを見つめるラウルの瞳が優しくなった気がする。
自分で決めたことを受け入れてもらえたのが嬉しくて、ミラも笑顔になった。
こうしてミラは、しばらくの間ラウルとふたりで旅をすることになった。
「そんなに長旅になるなら、俺も色々と準備しなくてはならない。一旦、町に戻るぞ」
「ごめんなさい。勝手に決めてしまって」
「いちいち謝る必要はない。それに、最終的には俺が決めたことだ。それよりも、罪人として追われていると言っていたな。そのまま町に入るのは、無理そうか?」
「一応、髪と瞳の色は変えています。元の色とかなりかけ離れているので、すぐにはわからないかと」
彼らが追っているのは、銀髪の聖女だ。今のミラはありふれた茶色の髪をしている。
「そうか。まあ、買い出しに寄るくらいなら大丈夫だろう。俺の傍を離れるなよ」
「ええ、わかったわ」
そう言うとラウルは再びローブを被り、その赤い髪と褐色の肌を隠す。
目立たないようにするためだろう。
(……そういえば、今まで紅い髪をしていた人はひとりもいなかったわ)
聖女だった頃も浄化のために地方に行くこともあったし、追放されてからは様々な町に立ち寄った。
けれどラウルのように、一目でリーダイ王国出身であるとわかるような者は、ひとりもいなかった。
近年は他国との交流が増えて、ラウルのようにはっきりとした特色を持つ者は、少なくなっていたのかもしれない。
それでもリーダイ王国は、それほど小さな国ではない。
あれほどの規模の国がなくなり、魔物の住処となってしまった以上、多くの国民が他国に流れたはずだ。
それなのに、今までまったく見かけなかった。
(まさか、それほど多くの人達が、逃れることもできずに魔物に殺されてしまったというの?)
リーダイ王国だった場所は今、魔物の住処になっている。
ミラは聖女として稀有な力を持ち、この力で何度も魔物を退けてきた。
不幸なできごとが重なったこともあって、いつしか魔物よりも人間の方がずっと恐ろしい。
そんなふうに思ってきたのかもしれない。
でも今になってあらためて、魔物の恐ろしさを思い知る。
自分なら何とかなる。
そう思うは危険だと思い知った。
現に、あれほど強かった父でさえ、魔物との戦闘で命を落としているのだ。




