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遅くなってしまったがようやくお礼を言うと、背の高い彼を見上げる。
どうして彼は、伯爵家の私兵に追われているミラを、理由も知らずに助けてくれたのだろう。
「あの、どうして私を助けてくれたの?」
何度も躊躇ったあとに、そう尋ねる。
「あんな山道を転がり落ちていたら、誰だって助けるだろう?」
彼はそう言って笑ったが、ミラが聞きたいのは、追われていると知りながら、兵士達から逃がしてくれたことだ。
「でも、私は追われていたのに……」
何か意図があるのだろうか。
ミラはやや警戒した面持ちで、その男性を見上げた。
「そう警戒するな。別に何もしないさ」
身構えているミラの様子を見て彼はそう言うが、その言葉を信用していいのかわからない。
「では、なぜ私を……」
「さっきの兵士が、数日前からこの辺りを探索していた。聖女を呪って力を封じたという、偽聖女を探しているらしい。もしお前が本当に聖女を呪ったのなら、たいしたものだと思ってな」
そう言うと彼は、嘲笑うように言った。
「あの兵士の数を見たか? 聖女ひとりのために、あれほどの兵を送り込んでいる。それを討伐に回せば、町が襲われることもなかっただろう。聖女など崇めても無駄だ。いずれこの国も滅びる」
絶望に満ちた昏い声に、思わず身震いする。
彼の言葉には、国を失った者の嘆きだけではなく、聖女という存在に対する憎しみが込められているように感じた。
聖女という存在を、憎んでいる。
だからこそ彼は、聖女を呪ったと言われていたミラを助けたのだろうか。
「……」
ミラは、両手をぎゅっと握りしめた。
今まで、悪意なら何度も受けてきた。
偽聖女だと言われて追放され、町の人達にも罵られた。
でもそれはすべて、ミラを偽物だと思い込んでいたからだ。
聖女という存在に、ここまで憎しみを向けてきた者は今までひとりもいなかった。
どうしたらいいのかわからずに、ミラはただ彼を見上げていた。
「それで、真相は?」
「えっ……」
急にそう尋ねられて、狼狽える。
彼には、きっと偽物だと思われていた方が安全なのかもしれない。でもミラは、聖女を呪ったりしていない。そんな力があると思われても困る。
「そんなことは、していません。できないもの。ただ、勘違いで追われることになってしまって」
必死に考えた挙句、そう答えるしかなかった。
「そうか。それは残念だ」
彼はそう呟くと、目深に被っていたローブを脱いで、ミラを見つめた。
その視線をまともに受けて、ミラは息を呑む。
夕焼けのような見事な紅い髪に、褐色の肌。
鮮やかな緑色の瞳は、間違いなくリーダイ王国の者の特徴だ。
ミラを始め、エイタス王国の者は美形が多い。
母もふたりの姉も凛とした美貌だし、兄も見た目だけはかなり整っている。
そんなミラが思わず息を呑むほど、彼は整った容貌をしていた。
「お前の名は?」
「……ミラ」
その瞳から目を離せないまま、ミラは思わずそう告げていた。
「ミラか」
幸いにも彼は、この国の以前の聖女の名を知らない様子だった。
「俺はラウルだ。さて、これからどうする?」
「どうする、とは?」
質問の真意がわからなくて、ミラは首を傾げる。
「この場に留まるのか、仲間の所に戻るのか。それとも、俺と一緒に行くか?」
ラウルは、警戒するように周囲を見渡しながらそう言った。
「それは……」
ミラはすぐに答えることができず、答えを濁した。
「どうして私に仲間がいると?」
「いくら追われているとはいえ、お前みたいなお嬢さんが、ひとりでいるとは思えないからな」
「……」
そんなに世間知らずに見えるのだろうか。
ミラはつい、自分の身体を見下ろしていた。
髪も染めたし、服装も変えたはずだ。
そんな様子がおかしかったのか、ラウルは楽しそうに笑うと、ミラを促した。
「さあ、どうする?」
一刻も早く仲間達と合流したいのが、本音である。
でもミラを捕えようとしている兵士があんなに大勢いた場所に戻るのは、さすがに自殺行為だ。ミラが捕らえられてしまえば、仲間達にも迷惑をかけてしまう。
だからといって、ここがどこかもわからないのに留まるのは危険だ。
(それに彼だって、聖女が嫌いみたいだから、一緒に行って安全だとは限らないし……)
理想を言えば、彼に仲間達と合流するまで同行させてもらうのが一番だ。
でも、何の見返りもなく協力してくれるとは思えない。
エイタス王国の王女という切り札も、おそらくラウルには有効ではないだろう。




