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兄のエイタス国王リロイドが、ロイダラス王国の王城に乗り込んでいるとも知らず、ミラは順調に旅を続けていた。
何度か王城の騎士らしき軍団を見かけたが、彼らは魔物退治に没頭していて、誰かを探す素振りもない。
そして魔物を何とか倒すと、即座に場所を移動している。
どの騎士も疲れ切った顔をしていて、怪我を負っている者も多いようだ。
(私を探しているわけではなさそうね……)
どうやらアーサーは、本気でミラを偽聖女と信じて、捕えようとしているのではなさそうだ。魔物が増えて討伐が追いつかないこの状況で、民衆からの不満を逸らすために、ミラを利用したのだろう。
(それはそれで、酷いわね……)
思わず溜息が出てしまう。
彼にとってミラなど、最初から都合よく使える道具でしかなかったということだ。それなのにミラは簡単に騙されて、優しく接してくれる彼のために、この国を守ろうと決意していた。
過去の自分は、あまりにも世間知らずだった。それを改めて思い知る。
だが、これならそんなに警戒しなくても大丈夫なのかもしれない。
騎士が通りそうな道を避ければ、街道を通っても問題はないのではないか。それよりも、一刻も早く国境に急いだほうがいい。
サリア達とも話し合い、そう決めて移動することにした。
(それにしても……)
あのボロボロな騎士達を見てしまったミラは、複雑な心境だった。
アーサーに婚約を破棄され、偽聖女だと言われて追放されたあの時なら、この国がどうなろうと関係ないと言い切れた。町の人達も、今までこの国を守ってきたミラを罵っていた。
最後には罪人として追われることになったのだ。
(思い出すと、今でもちょっと苛々するけど……)
それでも、目の前で人が傷ついているのに、何もできないのはつらい。
彼女の素質次第だが、マリーレが力を使いこなせるようになるまでには、かなりの時間が必要だろう。
それまで、この国の状態は悪くなるばかりだ。
アーサーが責任を取るくらいなら何とかも思わない……というか、むしろ当然だと思う。だが、こうして人が傷つき、町が襲われる様を見ていると、このまま何もせずに国を出てもいいのだろうかと思ってしまう。
怪我人を癒すのは、目立ちすぎる。
せめて、気付かれないように瘴気を浄化するくらいなら。
そんなことを思い始めていた。
迷いが生じ、注意力散漫になっていたのかもしれない。
山道を歩いていたミラは、濡れた斜面に足を取られ、バランスを崩してしまう。
「きゃあっ」
「ミラ様!」
前後にいた侍女とサリアが慌てて手を差し伸べるが、ふたりとも周囲を警戒していたため、あと一歩、届かなかった。
「!」
踏みとどまることができずに、斜面を滑り落ちていく。
何とか手を伸ばして木の枝に捕まろうとするが、ミラの身体は軽くて、落ちる勢いがあまりにも強すぎた。
必死に伸ばした手が、運よく木の枝に引っ掛かり、ようやく減速する。手首に鋭い痛みが走ったが、何とか止まることができた。
周囲を見渡してみると、ミラが滑り落ちた斜面は、そのまま崖に続いていた。このまま滑り落ちれば、その崖から転落してしまうところだったと知って、ぞくりとする。
(……よかった)
ほっとして身体を起こそうとするが、身体のあちこちが痛む。
上を見上げると、かなりの距離を滑り落ちてきてしまったようだ。
今はかろうじて大きな木の間に身を置くことができるが、下手に動くとまた滑り落ちてしまう可能性がある。
きっと仲間達が探しに来てくれるだろう。下手に動かないほうがいいのかもしれない。
そう思って、周囲を見渡したとき。
「こっちだ。女の悲鳴が聞こえたぞ」
どこからか、男の声がした。
「向こうか?」
「探している偽聖女かもしれん。あっちにいる兵も呼べ」
複数の男達の声。
聞こえてきた、ディアロ伯爵という名前。
「!」
ミラはびくりと身体を震わせて、せわしなく周囲を見渡した。
おそらく彼らは王城の騎士ではなく、ディアロ伯爵の私兵だ。
彼の養女は、新しく聖女になったマリーレだ。自分の娘のために、呪いをかけたと言われているミラを探しているのだろう。
だとしたら、彼らの優先は魔物退治ではなく、ミラを見つけて捕えることだ。仲間とはぐれてひとりでいるところを見つけられたら、逃げようがない。
(どうしよう……。ここから逃げなきゃ……)
迎えを待っている余裕はないようだ。




