21 滅びの国Ⅶ
そんなある日のことだ。
毎日、魔物の被害を報告してきた宰相が、慌ててアーサーの元に駆け込んできたのだ。
何事かと身構えたが、宰相が伝えたのは、エイタス王国の国王リロイドが、この国を訪問してきたという話だった。
先触れもなく、数人の騎士だけを連れてやってきたらしい。
「エイタス国王が?」
アーサーは彼の意図がわからずに、考え込んだ。
エイタス王国といえば、強大な軍事力と複数の聖女を有した大国だ。その国の国王が、何が目的でこのロイダラス王国を訪れたのか。
疑問は多かったが、たとえ急な訪問でも迎えないわけにはいかないだろう。
本来なら、先触れもなしに他国の領土に足を踏み入れるなど、侵略と思われても仕方のない行為だ。ましてエイタス王国とは友好国ではあっても、同盟国ではない。
アーサーも国王代理として、最初は抗議をしようと思ったくらいだ。
だが今、この国だけではなく大陸中が、魔物の侵攻に悩まされているような状態である。最強の軍事力を誇るエイタス王国を敵に回すのは、得策ではないと考えた。
しかもエイタス国王リロイドは、彼自身もかなりの剣の遣い手であり、国王自ら魔物討伐に出ているらしい。
そのリロイドが移動してきたのなら、国境近くの魔物は、かなり数を減らしたことだろう。アーサーは即座に、その辺りに配置した騎士を、王都に引き上げるように指示を出した。
エイタス国王との対面には、聖女マリーレである同席することになった。
聖女の力を思うように使えずに焦っている彼女は、聖女が複数いるというエイタス王国の国王に、何かアドバイスが貰えたらと思っているようだ。
そんな機会が訪れるかどうかはわからないが、この国にもきちんと聖女がいると示すのも悪くはない。
そう思ってアーサーは、マリーレの同席を許可した。
訪問は非公式なものであり、こちらも魔物の討伐に追われているような状況なので、謁見の間ではなく貴賓室で対面することになった。
アーサーはマリーレを聖女らしく着飾らせ、彼女を連れて、エイタス国王が待つ部屋に向かう。
彼は左右に騎士を従え、部屋の中央に立って、こちらを見ていた。
想像していたよりも、ずっと若い王だ。
アーサーと、そう年も変わらないのかもしれない。背は高いが、自ら剣を手にして戦う王の割には、痩身である。
だが、その場に立っているだけで威圧されるような覇気があった。
まさしく百戦錬磨の戦士の風格である。
銀色の髪に紫色の瞳。
その色彩に何となく見覚えがあるような気がするのは、何故だろう。
まず互いに挨拶を交わし、リロイドは形通りに、予告なしの訪問を詫びた。
聖女のマリーレを紹介すると、彼の瞳が険しさを増した。
威圧されたマリーレは怯えて数歩下がると、助けを求めるようにアーサーを見上げる。
さすがにこの状況でマリーレを突き放すことはできず、アーサーは彼女を庇うように前に出た。
「我が国の聖女が、何か?」
「……聖女か。かなり力が弱いようだが、数十年ぶりに現れた聖女では無理もないか。この瘴気の中では、満足に力を使うこともできないだろう」
リロイドの言葉に、アーサーは困惑した。
「それは、どういう……」
「言葉通りだ。聖女が長い間現れなかった国は瘴気に満ちていて、たとえ聖女が誕生しても、すぐには力を使うことはできない。聖女としての力を自由に使えるようになるのは、おそらく次の世代になるだろう」
「な……」
聞かされたのは、思ってもみなかった真実だった。
あまりのことに、アーサーは絶句するしかなかった。
彼の言葉が本当ならば、マリーレはまったく使えない聖女ということになる。
嘘だと思いたいが、エイタス王国には常に複数の聖女がいたという。聖女と日常的に接している彼の言葉には、疑うことのできない信憑性があった。
「ち、違います。私が力を使えないのは、偽聖女の呪いのせいです!」
そのとき、マリーレがそう叫んだ。
アーサーに散々脅されたせいで、力の使えない聖女は切り捨てられてしまうと焦ったのだろう。
実際、アーサーは即座に、マリーレを使えない女だと認識していた。
だが彼女が訴えてしまったのは、彼らが偽聖女だと貶め、追放したのちに冤罪で追わせた、聖女ミラの兄だったのだ。




