20 滅びの国Ⅵ
王都から離れた町の被害は、少しずつ増しているようだ。
ロイダラス王国の王太子アーサーは、報告書を見て顔を顰める。
騎士団の派遣要請が相次いでいるが、すべてに対処できるものではない。連日の戦闘で、動ける騎士団もそう多くはない。地方に余計な人員を割くより、王都の守りを固めたかった。
そう思っていたところに、聖女マリーレの義父であるディアロ伯爵が面会を求めているという報告が上がった。
(ディアロか……)
もともとあまり評判の良い男ではなかった。
亡くなった兄との仲も悪く、姪をわざわざ養女にしたときには、驚きの声が上がったくらいだ。
だが、その養女にしたマリーレは聖女の力を持っていた。叔父よりも義父になった方が、都合が良いと考えたのだろう。
聖女になったばかりの頃は、その義父としてかなり大きな顔をしていたようだが、最近の魔物の被害の増加に危機感を募らせているようだ。
マリーレは聖女として神殿に迎えられたが、その力を使うことができずに、正式に聖女であるお披露目さえまだしていない。
むしろ今では、ほとんど幽閉状態になっている。
このままでは、マリーレの方が偽物の聖女だと言われる可能性がある。
そうなったら養父である自分にも害が及ぶ。そう危機感を抱いて、行動したのだろう。
彼の要件は、偽聖女であるミラを捕えるため、私兵を国境に向かわせる許可が欲しいというものだった。
領地を持っている貴族は、魔物から領地を守るため、それぞれ警備団を所有している。だが反乱などを防ぐためにも、国王の許可を得ずに領地の外に兵を出すことはできない。
だから国王代理であるアーサーに、そう懇願したのだろう。
アーサーは、魔物に遭遇したら討伐すると言う条件を出して、それを許可した。
本当の目的は、むしろこちらの方だ。
ミラを偽聖女とし、マリーレに呪いをかけたと公表したことで、国や聖女マリーレに対する批判の声はほとんどなくなった。
それだけで、アーサーの目的は達成している。
もしディアロ伯爵がミラを探し出せば、役立たずのマリーレを偽聖女にして、彼女を聖女に復帰させてもいい。
ミラの聖女としての力は確かだったし、もしかしたらミラは、他国の貴族かもしれないという情報も出てきた。
役立つのは、どちらか。
そのときの状況で、判断する。
アーサーはそう思っていた
魔物の被害がこれ以上多くなるようだったら、他国に支援を頼むべきだという臣下もいたが、それは即座に却下した。
聖女を得て、もう不要だと断ったばかりなのに、今さら支援を請うことなどできない。
そう考えていたアーサーは、魔物が活発化していることさえ報告していなかった。
そのうちマリーレも聖女の力を使えるようになるだろうし、もしいつまでも役立たずのままなら彼女の方を偽物として破棄して、またミラを聖女として迎えればいい。
そんなアーサーの考えが伝わったのだろうか。
聖女のマリーレは、焦燥を募らせているようだ。
アーサーが命じるまでもなく、必死に神殿で祈りを捧げ、何とか聖女の力を使えるようになろうと努力している。
偽聖女の呪いが強すぎる。
周囲には何度もそう言って、自分のせいではないとアピールすることも忘れてはいないようだ。
今のこの状況さえ乗り越えれば、何とかなる。
アーサーはそう思い込んでいた。




