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そのまま王都から出ようとしたミラを迎えたのは、今まで感謝を捧げてくれた町の人たちの罵倒だった。
「この、偽物め!」
「よくも俺達を騙したな!」
「あんな人を、聖女として崇めていたなんて……」
周りのシスター達が、そんな彼らの視線からミラを庇うように取り囲んでくれた。
「姫様……」
気遣わしげな視線に、大丈夫だと言って微笑む。
でも今まで守ってきた人達に罵倒されて、胸が痛かった。
王太子のアーサーに追放を言い渡されたのは、つい最近だ。
それなのにもう、王都中に知れ渡っている。
アーサーは予め、ミラが偽聖女であると正式に発表したのだろう。
そこまでするほど、ミラが疎ましかったのか。
「いくら王太子殿下が愚かでも、この国の人達に罪はない。せめて、結界くらいは残したほうがよかったのかもしれない。そう思っていた自分が、馬鹿みたいね」
泣き出しそうになるのを堪えて、そう皮肉を言う。
ミラは、たしかに聖女の力を使っていた。
数年前には甚大だった魔物による被害が、ミラが聖女となったあとにはほとんどなかったことを、彼らはもう忘れてしまったのだろうか。
「このような者達のために、姫様がお力を使う必要はございません」
気遣ってくれたシスターも、憤りを隠そうとしなかった。
「とりあえず王都から出たら、お兄様に連絡を入れて頂戴。迎えを寄越してくれると思うから」
ミラは周囲を見ないようにしながら、そう言った。
「はい。承知いたしました」
ここから祖国までは、少し遠い。
荷物も金銭も持たずに出てしまったので、迎えにきてもらう必要があった。
「お兄様が怒らないといいけれど……」
「それはおそらく、ご無理ではないかと」
「……そうよね」
兄は苛烈な性格だが、家族をとても大切にしている。
妹がこんな扱いをされたと聞けば、軍を率いてこの国に攻め入るかもしれない。
ミラは、祖国を思う。
大陸一の軍事力を誇る、エイタス王国。
その軍は他国に攻め入るためのものではなく、人類を脅かす魔物と戦うためのものだが、今の国王はミラの兄であるリロイドである。
一流の軍人としても名高い兄は、父が魔物との戦闘で命を落とした際も、見事にその魔物を打ち取って仇を取ったのだ。
家族愛が強く、ミラがこの国に聖女として派遣されることになったときも、最後まで反対してくれていた。
「……やっぱり、お兄様に連絡を入れるのはちょっと待って」
ミラは足を止めて、深呼吸をした。
「姫様」
「今、お兄様に会ったら、この国の不満を訴えてしまいそうだわ。そんなことになったら、どうなるか。だから、もう少し冷静になるまで、待って」
アーサーにもこの国の国民にも、今は怒りしか持っていないが、さすがに一時の感情で国を亡ぼすわけにはいかないと思う。
「わかりました。姫様のお心のままに」
だがミラはその言葉を、すぐに撤回したくなった。
王都の城門には王立騎士団の騎士が待ち構えていて、ミラに向かって横柄に言ったのだ。
「この書類にさっさとサインしろ。お前のような者が、王太子殿下の婚約者のままだと困るのだ」
「……」
差し出された書類を見ると、そこには自分が偽物の聖女であることを認め、婚約破棄に同意すると記されている。
少し考えたあとに、ミラはそれにサインをした。
シスター達は嘲笑う騎士を悔しそうに見つめていたが、この婚約が成立してしまうと、ミラも困るのだ。
後々、まだ婚約は成立していると主張されてしまったら面倒なことになる。
もうこの国には関わりたくない。アーサーにも、二度と会いたくなかった。