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どんどん食べて、とサリアが次々に焼いてくれて、しばらくはミラもバロックも侍女達も、食べることに集中していた。
(これなら材料を切って串に刺すだけだし、私にもできるかしら?)
今のところ、薪を拾うくらいしかできることがないミラは、ふとそんなことを考える。
兄の命令で動いている侍女はともかく、サリア達はもう契約が終了しているにも関わらず、こうして一緒に行動してくれる。
見返りを期待していると彼女達は言うが、それは確実なものではない。さらに、道中は危険も伴っている。
それなのに手を貸してくれているのだから、ミラも守られているだけでは駄目だ。
だから、何かできることはないかと思っていたのだ。
「ミラ様」
ふと、侍女のひとりがミラを庇うように前に出た。
「奥に、誰かいます」
そう言われて身を固くした。
サリアとバロックも、すぐに臨戦態勢を取る。
「そこにいるのは誰?」
いつまでも魔法を繰り出せるように構えたサリアが、鋭い声を投げかける。
沈黙が続く。当然、返答はないと思っていた。
「……ごめんなさい」
でも、暗闇の奥から小さな声が聞こえてきた。まだ幼い子どものようだ。
こんな森の奥に子どもがいるなんて思わなかった。
サリアとバロックが、警戒しながら声の方向に進んでいく。
ミラの周囲は、三人の侍女で固められた。答えたのは子どもでも、ひとりだとは限らない。
だが、奥に向かったふたりが連れてきたのは、幼いふたりの姉妹だった。
「山の麓にあった小さな村が、魔物の襲撃で全滅したらしいの」
詳しい事情を聞いたらしいサリアは、そう言って姉妹の頭を優しく撫でた。
彼女達は火の傍で、サリアに焼いてもらった肉を頬張っている。
ふたりとも全身に裂傷を負っていて、衣服もボロボロになっていた。
その傷はミラが癒し、衣服はかなり大きいが、侍女の着替えの服を着せている。
山奥にある小さな村は魔物に襲われ、村で生き残った数名の子ども達は、何とか町に行こうとして村を出てきたようだ。
だが、再び魔物の襲撃に合ったりはぐれたりして、ふたりだけになってしまったと、彼女達は語った。
(……魔物の襲撃)
ミラはその言葉に俯いた。
たしかにこの国はミラを排除しようとした。
町で聞いた噂では、偽聖女だと貶めるものばかりだった。
新しい聖女に呪いをかけたと言われている今では、もっとひどいことを言われているだろう。
(でも、そんな人ばかりじゃない……)
元婚約者のアーサーや、ミラを偽聖女として罵った者達だけではなく、こうした罪のない子ども達も、この国には暮らしている。
これからこの国は、この子ども達はどうなるのだろう。
罪のない人間が死んでいく。
ミラには、それを阻止する力がある。
でも聖女の力を使うと、ただでさえ魔物の瘴気に邪魔をされて、思うように力を使えない新しい聖女の邪魔をしてしまうことになる。
ずっとこの国に留まることができない以上、無責任に力を振る舞うことはできない。
もう、ミラはこの国の聖女ではないのだ。
(……せめて、この子達だけは)
小さな姉妹の額にそっと触れて、祝福を与える。
これで魔物は彼女達に近付かない。襲われることはないだろう。
偽善であり、自己満足でしかない。それはわかっていたが、それでも何かせずにはいられなかった。
翌日、ふたりの姉妹はサリアとバロックが町まで連れて行った。
あの町には、親戚がいるらしい。
これからの幸せを秘かに祈りながらも、思ってしまう。
この国は魔物の襲撃と王太子であるアーサーの所業によって、少しずつ衰退している。
そんな国に生きている以上、幸せになることなどできるのだろうか。