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それからはいくら魔物が出ようとも、ミラの浄化と冒険者ふたりの連携で、簡単に倒すことができた。
瘴気によって狂暴化、巨大化した魔物でも、ミラは即座に元の状態に戻すことができる。
下手に追手と遭遇するよりだったら、魔物の方がいい。
全員がそんなことを思うくらいだった。
自然と町の近くの街道ではなく、山沿いの道を歩くようになっていた。
山道は歩きにくいが、ミラも次第に歩くことに慣れてきた。
たまに足を滑らせそうになるが、傍にいる侍女やサリアが必ず支えてくれる。自然豊かな森の中は、つい沈みそうになる心を優しく慰めてくれた。追手に怯えながら町の中で過ごすよりも、ずっといい。
いつしかミラは、そう思うようになってきた。
食料や水などが少なくなってきたら、冒険者であるサリアとバロックが町に行って買ってきてくれる。
彼女達はまだ、罪人として指名手配されているミラと行動をともにしていることを知られていない。
冒険者として正式に登録をしている彼女達なら、町に行っても危険はないだろう。
この日もサリア達は、食料品を買い足すために町に行ってくれていたので、ミラは山の麓で三人の侍女と一緒に、彼女達の帰りを待っているところだ。
少し離れたところには、隣町に続く街道があり、たまにその道を歩く人もいた。
周囲には大きな木が茂っていて、向こうからは何も見えないだろう。だがこちらからは、遠くにある町の様子もはっきりと見えた。
もう時刻は夕暮れだ。人の姿も、先ほどから途絶えている。
赤い光が、町を染めていく。
ミラは目を細めて、沈む太陽を見つめた。
ふたりはおそらく、完全に暗くなって帰って来るつもりだろう。
それまでに、今夜の野営場所を見つけなければならない。もう少し街道から離れた場所を選び、ミラは侍女達を手伝って、野営の準備を始めた。小枝などを拾い、火を起こす。
日が落ちると、急激に気温が下がってきた。
明かりのない森の傍はとても暗く、今夜は曇り空で、月も隠れてしまっている。侍女達はミラの護衛を兼ねているので、少し離れた場所で周囲を見張っている。
だから今、焚火の前にいるのはミラひとりだ。
暗い森の中から、夜鳥の鳴く声がした。
甲高い、寂しげな音だ。
あまり聞き覚えのないその声に、ここが祖国から遠く離れた場所であることを実感して、ミラは思わず唇を噛みしめる。
頼もしいサリア達に、侍女もいてくれるのに、心細さを感じてしまう。
(お兄様、お姉様……。心配しているかしら)
一度しか連絡していないので、かえって心配をかけているのではないかと思う。
(まさか、こんなことになるなんて)
今まで過保護な兄と姉に大切にされてきたミラは、人の悪意に慣れていなかった。
罪を被せられ、罪人として追われている今の状況が、ときどき怖くて堪らなくなる。
早く国に帰りたかった。
「寒いですか?」
その様子を見て寒がっていると思ったのが、侍女のひとりが心配そうに尋ねた。彼女はミラを気遣って、何かできないかと周囲を忙しなく見渡している。
「大丈夫。もう少し、火の傍に寄るわ」
焚火のすぐ傍に移動して、燃え盛る炎に手を翳す。
気弱になっていたと悟られたら、侍女は自分達が頼りないせいだと気にしてしまう。
ぱちぱちと薪の燃える音が響き、温かさとその音で、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
(うん。焦ってもしょうがないわ。私はひとりじゃないもの。皆が傍にいてくれる。頑張ろう)
ここで諦めるわけにはいかない。
それに迂回路を越えたあと、兄にも一度、連絡を入れている。事情を知れば、きっと動いてくれるだろう。
そう思い直したところで、人の気配がした。
買い出しに行ってくれたサリア達が戻ってきたようだ。ふたりとも無事のようで、ほっと胸を撫でおろす。
「おかえりなさい。大丈夫だった?」
「ただいま。ええ、この町はまだ平気だったわ」
明るい声で、サリアはそう報告してくれた。
彼女の後ろには、大量の荷物を抱えたバロックがいる。
「町が魔物に襲われると、商品も少なくなるし、人の出入りにも警戒するからね。しばらく大きな町がないから、ここでちゃんと買えてよかったわ」
この周辺はまだ瘴気が少なくて、魔物が出没しても警備団で退治することができているようだ。
これだけしっかりと買うことができれば、しばらくは町に寄る必要もないだろう。
「今日はひさしぶりに豪華な夕食にできるわよ」
サリアが手早く準備をしてくれて、今夜は肉や野菜を串に刺して、それを焼いて食べることになった。
「王族のお姫様には、あまりふさわしくない料理だけどね」
「そんなことはないわ」
ミラは串を片手に持ったまま、首を振る。
焼きたての肉と野菜は、塩を軽く振っただけだが、それでも熱々でとてもおいしかった。