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「それにしても、不思議だわ」
これからの方針が決まったところで、一行は再び歩き出した。
ミラの傍を護衛するように歩いていたサリアは、そんなことを言って首を傾げる。
「私達のような一介の冒険者でも、エイタス国王の恐ろしさはよくわかっている。この国の王太子は、どうしてそんな真似ができたのかしら?」
もしかしたら、ミラの出自を知らなかったのではないか。
そう言われて、ミラも考え込む。
「たしかに、はっきりと言ったことはなかったわ。知っているとばかり、思っていたから」
ロイダラス国王の要請に応じてこの国に来たのだから、当然のようにアーサーもそれを知っていると思い込んでいた。
だが、彼のしたことはエイタス王国に、国王である兄リロイドに真正面から対立するようなものだ。
何か勝算があって、そうしたのだろうか。
でも、増え続ける魔物にさえ対応できていない様子を見ると、それもあり得ないように思える。
(ロイダラス国王には何か意図があって、私のことを息子に伝えなかった、というのはあり得るのかしら?)
神殿で聞いた噂話によると、アーサーには、異母弟がひとりいるらしい。
アーサーの母である正妃は、ミラがこの国に来たときにはもう亡くなっていたが、とても嫉妬深い女性だったようだ。アーサーの異母弟を産んだ側妃につらく当たり、それが原因で体調を崩してしまった側妃は、実家に帰って息子を育てていたらしい。
だからミラは一度も会ったことがなかったが、優秀な者らしいと聞いたことがある。第二王子である彼を王太子に推す勢力は、王妃が亡くなった後は力を増しているらしいとも聞いた。
もし、ロイダラス国王がその優秀な異母弟を王太子にしたいと考えていたのだとしたら。アーサーを 廃嫡するために、ミラを利用しようとした可能性もある。
聖女であり、エイタス王国の王妹であるミラに危害を加えたりしたら、彼が王太子で居続けるのは無理だろう。
(すべて、憶測でしかないけれど……)
今となっては、それを確かめる術はない。
ロイダラス国王は意識不明の状態で、国王代理となってしまったアーサーを諫めることができる者は誰もいない。
だからこそ彼は、こんなに暴走しているのだ。
まさか偽聖女だけではなく、罪人にまでされてしまうとは思わなかった。
とにかく今は、一刻も早くエイタス王国に向かうだけだ。
山道を戻り、まったく違う方向の麓に下りたあとも、用心のために裏道を通っていく。そのため、道は森の中や川の近くなど、歩きにくい場所ばかりだ。
魔物にも、何度も遭遇した。
サリアが言うには、魔物の強さが増しただけではなく、体格も明らかに大きくなっているという。でも人目のないところなら、ミラも聖女としての力を使うことができる。
「瘴気を浄化するわ。それで魔物は、元の姿に戻るから」
魔物の周囲だけを浄化すると、ミラの宣言通りに魔物は元に戻り、バロックとサリアがあっさりと倒してくれる。
「こうして体験すると、違いがはっきりとわかるわ」
倒した魔物を見つめて、サリアが呟いた。
「聖女様の力って、本当にすごいのね」
「私は、瘴気を浄化するのが得意なの」
ミラはそう言って笑った。
母もふたりの姉も聖女である。
だが、結界は母のようが強い。
傷を癒すのを得意としているのは、ふたりの姉だ。
そしてミラは、瘴気の浄化を得意としていた。
兄がミラを国外に出すことを渋っていたのは、末妹を溺愛していただけではない。魔物との戦いにおいて、瘴気を浄化できる者がいるかどうかで、これほどまでに強さが違うからだ。
魔物と戦うことを日課としている兄にとって、ミラの力は手放しがたいものだった。
それでも最後は、外の世界を見てみたいと言ったミラの意志を尊重して、国外に出ることを許してくれたのに。
(それなのに、こんな結末になってしまうなんてね)
婚約破棄された挙句に、偽聖女呼ばわりだ。
最後には罪人として追われることになるなんて、あのときはまったく思わなかった。
兄はもちろん姉達も、協力してくれた母だって、もうミラを国外に出してくれないだろう。
でも、それでもいいのかもしれないと思う。
今のミラに、他国に憧れていたあの頃の気持ちは、微塵も残っていなかった。