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一行は道を引き返して、途中から山道に入っていた。
ここからさらに奥まで行き、途中から別のルートを通って、国境を目指すことになっていた。
かなり遠回りだが、今は旅人なら誰でも通る大きな街道は避けた方がいいという判断からだ。
彼女と夫のバロックは、ただ護衛の任務を請け負っただけだ。それなのに巻き込んでしまった。
こんな状況になってしまったので、ふたりにはきちん経緯を説明することにした。
ミラがエイタス王国の王妹であること。
婚約者は、このロイダラス王国の王太子アーサーだったこと。
この国に新しい聖女が誕生した途端、偽聖女と言われて追い出されたことも。
「ごめんなさい」
ミラは、目の前に立っているサリアと、その夫のバロックに謝罪した。
「こんなことになるなんて思わなかったの。まさか、あなた達を巻き込んでしまうなんて」
サリアとバロックは何度も顔を見合わせて、何とかこの状況を理解しようとしているようだ。
「ええと、つまりミラは……。いえ、ミラ様は」
「ミラでいいです。今まで通りにして欲しいの」
「でも……」
サリアは渋ったが、ミラは周囲に怪しまれてしまうからと押し切って、今まで通りにしてもらうことにした。
彼女達は冒険者としてある程度名が知れているらしい。そんな人達にミラ様と呼ばれていたら、注目されてしまう。
「つまり、あなたの婚約者だった最低男は、この国の王太子だったということなのね?」
「……ええ」
そう言えば名前を伏せて彼の所業を訴えたと思い出して、ミラは困ったように笑う。
「王太子が他国の王族の姫にした仕打ちと聞くと、冗談ではすまされないわね。しかも、あのエイタス王国よ?」
たしかに、このままではすまされない。
兄は、アーサーをけっして許さないだろう。
魔物の襲撃が激化している今、国同士で争っている場合ではないとはいえ、アーサーの仕打ちは許せる範囲を超えている。
国同士の諍いになるか。それとも、アーサー個人の責になるのか。
ミラ個人としては、アーサーを許せない気持ちはあるが、両国の争いのきっかけにはなりたくない。
(まぁ、決めるのはお兄様だけど)
それに今は、無事にエイタス王国に帰ることが先決だ。
「ここで別れましょう。ごめんなさい、巻き込んでしまって」」
冤罪とはいえ、指名手配されてしまうほどの重罪人と行動していては、彼女達も犯罪者になってしまう。ふたりはただ、迂回路を通る間の護衛を引き受けてくれただけなのだ。これ以上、ふたりを同行させるわけにはいかない。
「でも……」
「いや、俺達はエイタス王国まで同行する」
サリアの声を遮ってそう言ったのは、彼女の夫である剣士のバロックだ。寡黙で、今までほとんど会話をしなかった彼が、妻の言葉を遮ってまでそう言ったのだ。
ミラは驚いて、自分よりもずっと背の高い彼を見上げる。
「巻き込んでしまうわ」
「護衛の任務は終わっているが、国境までは同行すると約束している。それを違えるつもりはない」
バロックは妻のサリアを見ると、その意志を確かめるように頷き合う。
「それに、ロイダラス王国のアーサー王太子よりも、エイタス王国のリロイド国王のほうがずっと恐ろしい。彼が大切にしている妹を見捨てたとなれば、どんな報復があるかわからない」
「……ああ」
思わず溜息に似た声が出てしまった。
ミラがきちんと説明して、納得の上だと言ったらわかってくれると信じているが、大丈夫だと自信を持って言うことができない。
「本当にごめんなさい」
「そんなに謝らないで。私達にも利はあるのよ。今、この国だけじゃなく、他の国でも魔物の被害が大きくなっているの」
落ち込んだ様子のミラを元気付けるように、サリアが夫の言葉に賛同した。
ミラが帰国すると聖女が四人となり、さらに軍事力も大陸最強を誇るエイタス王国だが、誰もが移住できるわけではない。
当然のように国土には限界があるし、どんなに強くても守れる人間の数は限られている。
「もっと俗っぽいことを言ってしまえば、あのエイタス王国の王女殿下とお近づきになれるなんて、滅多にない機会よ。こんなチャンスは、絶対に逃したくないの」
「……ありがとう」
ミラがこれ以上気にしないように、あえてそんなことを言ってくれたのがわかった。だから、謝罪ではなく感謝の気持ちを伝える。
(私も、いつまでも落ち込んでいられないわね)
冤罪で追われることになってしまったのは本当に腹立たしいし、ここから祖国までの道のりを思うと途方に暮れる。でも、一緒に行くと言ってくれる仲間がいる。
だから、前に進むしかない。
(お兄様。頑張って帰国するから、どうか暴走しないでね)
そう願いながら。