15
それは、崖崩れのために通れなくなった迂回路を回って、ようやく正規の道に辿り着いたときのことだった。
迂回路だった山道は、元々別の方向に向かうためのものだ。
そこを越えたあと、正規の道に戻るまでいくつかの町を通る必要があり、随分遠回りをしてしまった。
だがここまで来れば、あとは正規の道を歩いていくだけでいい。
兄に連絡も取りやすいだろう。
そう思って安心していた、矢先のことだ。
「ミラ様!」
すぐ近くにある町に偵察に行っていた、侍女のひとりと護衛のサリアが戻ってきた。ふたりの表情は厳しく、警戒するように周囲を見渡している。
その只ならぬ様子に、何かあったのだとすぐに察した。
「道を戻りましょう。詳しいお話は、その後に」
「……わかったわ」
だから、問い返したりせずに素直に従う。
せっかく歩いて来た道を戻り、人気のないときを見計らって、裏道に入る。それからもしばらく歩き、周囲に誰もいないことを確認すると、ようやく足を止めた。
「ミラ様、事情を説明もせずに連れ出してしまい、申し訳ございません」
「いいの。何かあったのでしょう?」
もうすぐ兄と連絡が取れると安心していた。
町の前まで来ていたこともあり、今日は宿で休めると安心していただけに、いつもよりも疲労を感じてしまっている。
でもそれをまったく顔に出さずに、ミラは侍女の言葉を促した。
「はい。実は……」
侍女の話は、ミラの想像以上だった。
予想していたように、町にも魔物が出るようになった。
だが、瘴気で力を増した魔物に騎士団ですら苦戦し、討伐がまったく追いついていない状態らしい。
冒険者に依頼もしているらしいが、サリアたちのように、この国を離れる者も多くなっている。
頼りの聖女は力をうまく使いこなせず、焦ったアーサーは、聖女が力を封じられていると発表したようだ。
封じられているというのは、ある意味正しいのかもしれない。
まだ聖女に目覚めたばかりのマリーレの力はとても弱く、魔物の瘴気に負けてしまっているのだ。その状態で聖女の力を使おうとすると、抑え込まれているような感覚を覚えてしまう。
マリーレは、聖女のいない国に何十年かぶりに生まれた聖女だ。
その力は、もともとあまり強くはない。
さらに、ミラが結界を解除したこともあり、魔物の瘴気が強くなっている。
だが、アーサーはそれを偽聖女がマリーレに呪いを掛けたせいだと発表した。
おそらく、国民の不満を逸らすために。
王族や新しい聖女に向けられる非難をすべて、偽聖女に向けさせた。
(偽聖女……。つまり、私のことよね)
追放して偽物の汚名を着せただけではなく、今度は冤罪まで被せようとしてきたようだ。
ミラは平気なふりをすることも忘れて、思わず溜息をついた。
さらにアーサーは自分で国外追放したミラを、凶悪犯罪者として指名手配したようだ。
長い白銀の髪を魔法でブラウンに変えているとはいえ、今の状況で町に立ち寄るにはリスクが高い。
これからは町に入ることはできず、兄に連絡をすることもできない。
ひたすら人目を避けて、国境を目指すしかないのだ。
一時は王太子であるアーサーの婚約者として、この国を守るために精一杯、聖女の力を使ってきた。それなのに、さすがにアーサーの仕打ちは酷すぎる。
(……嘆いていても、状況は変わらない。頑張るしかないわね)
ミラは気持ちを入れ替えるように、首を振る。
心配なのは、妹と連絡が取れなくなった兄が暴走すること。
ミラが受けた仕打ちを知れば、兄は絶対にこの国を許さないだろう。